三浦春馬氏の他殺疑惑と透明性ゼロの刑事司法

三浦春馬の他殺疑惑と透明性ゼロの刑事司法

日本では、警察が犯罪捜査をあまりにも秘匿・聖域化するので、多くの人がその領域への口出しをタブー視している。しかし、三浦春馬氏の死亡報道においては、素人目にも自殺を決め付けるには不審点が多いことから、警察と報道への不信感がひろがった。また、自殺報道への不審感を補う情報が与えられなかったことが、犯罪隠しの疑惑を生んだ。さらに、警察・報道機関・アミューズそれぞれに公明正大さが欠けることによって、他殺疑惑が増長した。

一般論として、計画殺人の犯人は、自殺や事故を偽装したり、死体を隠すことによって、捕まるリスクを低下させるものである。そうした犯罪隠しを見落とさないために、アメリカの検死局では、偽装殺人の可能性のある遺体すべてを解剖し、報告書を作成する。

マイケル・ジャクソン氏に為された死因究明の作業を、三浦春馬氏のケースと比較することによって、この国の刑事司法制度の根本的な問題を考えたい。

犯罪死見逃がしの問題

自殺を決め付けるには、あまりに少ない情報

三浦春馬氏の死亡報道においては、3点セット「(自宅クローゼットで)首つり」「遺書(らしきもの)」「自殺か」が繰り返し報道された。

少なくとも、捜査関係者または警視庁と明記してある記事は、警察官からの情報であることを疑う余地はない。(参照:三浦春馬氏の不自然死と報道の闇

警察情報を元に報道が自殺を決め付ける一方、犯罪死の見逃し防止のための情報は何も報道されなかった。遺体を解剖したのか、薬物検査はしたのか、死後CTを撮ったのか、医師は検視に立ち会ったのか、検視官は現場と遺体を見たのか、警察は一切の情報を出していない。それどころか、警察官が現場に入った時間さえ、公表されなかった。

警察は、マスメディアに自殺を決め付ける情報漏洩をしながら、他殺疑惑をはじめとした世論の不審に応える対応を全くしていない。完全に警察から(マスメディアを経て)一般大衆への一方通行である。

そして、死亡報道から2日後の7月20日、アミューズは、すでに密葬が終わっていることを告知した。エボラ出血熱等の一類感染症で亡くなった場合、24時間以内に火葬することが法律で決まっているが、それに匹敵するスピード葬だ。証拠隠滅を疑うのは、私だけではないだろう。なお、アミューズは、密葬が行われた場所も時間も公表しなかった。

三浦氏の他殺疑惑が顕在するにもかかわらず、9月14日の芦名星氏の死亡報道以降、厚生労働省は、後追い自殺防止目的として、センセーショナルに報道しないことをマスメディアに求めた。

そして、自殺が決め付けられるだけで、本当に自殺なのかどうかを裏付ける情報は、さらに秘匿されることとなった。

警察 > マスメディア > 一般大衆のフロー

三浦氏の死亡報道において、マスメディアの度が過ぎたのは、3点セット「(自宅クローゼットで)首つり」「遺書(らしきもの)」「自殺か」ばかりを、センセーショナルに報道したことだ。しかも、情報が不確かな段階から、一斉に、繰り返し行われたからなおさらだ。

ここで、警察官がマスメディアに捜査情報をリークすることの問題点を指摘したい。まず、次の図表に示す報道までの流れを、さらりと見て欲しい。

日本の検死制度と報道

次の表は、検死制度(自殺 or 他殺 or 事故死を判断する制度)を英米に代表される民主先進国の制度と比較したものだ。右側の「民主的先進国の検死制度」が左側日本のそれと比較して、きわめてシンプルであることに着目してほしい。

民主主義国の検死制度

なお、竹内結子らの不自然死が事件にならない理由三浦春馬の死が万人の生に繋がる可能性に詳細を示したとおり、日本の死因究明の問題は、法医学者らの指摘によって明らかとされた。そして、死因究明と犯罪捜査が分離された英米の検死制度を模範に意見が出された。残念ながら、縦割りの壁もあり、複雑な制度をさらに複雑にする改正となってしまっている。

上図右側「民主的先進国の検死制度」の枠内、イギリスとアメリカの検死制度の要約を示す。

イギリスの検死制度

イギリスと、かつてイギリス領であった国々においては、検死制度としてコロナー(Coroner)制が導入されている。
コロナー制は、コロナーという行政官が解剖の要否の判断をはじめ、異状死の死因究明全般を指揮するという制度である。

このコロナー制度は、英米法の Public Safety(公衆の安全)の考え方に基づくもので不自然死について公的記録のため死因究明と再発予防を目的とするものである。そのため、コロナー制を導入している国においては、死因究明の結果、得られた事故情報を同種事故の再発防止のためフィードバックするシステムが存在している。

アメリカの検死制度

アメリカでは、各地区(County)の検死局(Department of Medical Examiner-Coroner)に所属する監察医/検死官(Medical Examiner-Coroner)が検死を行う。

マイケル・ジャクソン故殺の立証経緯

三浦春馬の死が万人の生に繋がる可能性に示したマイケル・ジャクソンのケースの詳細を三浦春馬氏のケースと比較したい。どちらも芸能人の自宅における不自然死であり、どちらも第一発見者が毎日のように顔をあわせる関係者である点が共通している。

なお、マイケル・ジャクソンのケースでは、第一発見者の専属医マーレ―医師によるHOMICIDEが事件当初から疑われ、検視局の死因究明と警察の捜査が実施された。

死の種類

以下の記述は、ロサンゼルス検視局・法医学研究所、ロサンゼルス市警、テキサス州ハリス郡地方裁判所・ヒューストン警察の公式文書を翻訳した。

現場の状況、検死官が検死のために行った行為、死亡から2日後に捜査官が第一発見者であるマーレ―医師の供述をまとめた文書、警察官による捜索令状の申請書(宣誓供述書)、裁判官が発行した捜索令状などなど、公式な情報の多く公開されており、「犯罪捜査に影響を及ぼすおそれ」を盾に捜査情報を秘匿する日本の警察とは、天地の差が開いている。

情報提供者・証人の証言 informant/Witness Statements:
ロサンゼルス郡検死局の報告書より抜粋

2009年6月25日の早朝、01時00時頃、故人は、故人の主治医である循環器科の医師コンラッド・マーレ―に電話をかけた。故人は脱水症状で眠れないと訴え、Dr.マーレ―は故人の住居に行き、医療を施した。この医療の詳細と程度は現在不明である。故人は数時間眠り、Dr.マーレ―はベッドサイドにいました。12時00分頃、Dr.マーレ―は故人が息をしていないことに気づき、故人を寝室の床に引っ張り、心肺蘇生を開始しました。 911 が呼び出され、救急隊員が応対しました。医療記録 (上記) によると、救急隊員は12時26分に自宅に到着し、故人が心静止していることを確認しました。救急隊員は、エピネフリンとアトロピンの2ラウンドを含むCPRとACLSプロトコルを行いました。故人はその後挿管され、CPR の努力が続けられた。故人は無反応のまま、瞳孔は開いたままでした。Dr.マーレ―の助言の下、故人は救急車に乗せられ、UCLA 医療センターに運ばれました。移送中、すべての医療命令はDr.マーレ―によって与えられました。

病院に到着すると、心拍は停止していた。中央線と大動脈内バルーンポンプが配置されましたが、故人はバイタル サインなしのままでした。2009年6月25日の14時26分、Dr. クーパーは死亡を宣告した。

ロサンゼルス市警Wポーシュ警部の宣誓供述書中
テキサス州ハリス地方裁判所に捜索令状を求めるためのPROBABLE CAUSE(相当な理由)より抜粋

あなたの宣誓供述者(ポーシュ警部)は、2009年6月25日の早朝にマーレ―医師の携帯電話の記録を入手しました。彼の供述の中で、マーレ―医師は、ジャクソンが呼吸していないことに気付いた時間は11時00分頃であると推定しました。 マーレ―医師の携帯電話の記録には、電話でマーレ―医師が表示され、3人の別々の発信者が11時18分から12時05分まで約47分間表示されます。マーレ―医師は刑事にこのことを言及しませんでした。あなたの宣誓供述者(ポーシュ警部)は、ドクターバッグと消耗品の捜索令状を作成し、2009年6月29日、裁判官C. オルメドは、キャロルウッドドライブ・100Nにあるジャクソンの住居の捜索令状を発行しました。捜査員は捜索令状を示し、リドカイン(XYLOCAINE)、プロポフォール(DIPRIV AN)、LORAZEP AM(ATIVAN)、ミダゾラム(VERSED)、それからフルマゼニル(ANEXATE)の入ったボトルを回収しました。

そしてマーレ―医師の供述は崩れた

宣誓供述書には、淡々と書かれているので、ほとんどの人の目に留まることはない。しかし、マーレ―医師がジャクソン氏の異状に気付いた11時から1時間以上もの間救急車を呼んでいなかったこと、マーレ―医師がCPR(心肺蘇生法)を試みていたと主張しているにもかかわらず、その間にマーレ―氏の電話に3人の別々の相手との通話記録が残っていたことを、メディア各社は、マーレ―氏の疑惑として報道した。

その後、マーレー医師は起訴され、2011年11月に過失致死罪で禁錮4年の有罪判決を言い渡されることとなった。

隠ぺいを基本とする日本の刑事司法/蛇口としての報道

日本の警察があらゆることを秘匿していることに比較すると、アメリカの死因究明と刑事訴訟のプロセスは、まるで別世界に見えるはずだ。現実は反対で、ジャクソン氏の不自然死に対し行われた検死・捜査・裁判は、民主的法治国家では普通のことである。つまり、別世界なのは日本の方だ。

ここで冒頭の図表をもう一度確認して欲しい。

日本の検死制度と報道

『お役所の掟』と警察の呪文

日本の警察が閉鎖的でいられるのは、「犯罪の予防・捜査(その他の公共の安全の秩序の維持)に支障を及ぼすおそれ」を盾にしているからである。少し歴史を辿ろう。

官僚の体質を痛烈に批判した書籍『お役所の掟』がベストセラーとなったころ、「日本をナンバーワンにしたのは自分たちである」と信じて疑わない官僚がたくさんいた。窓口公務員のなかには、そのころ輸入された「行政サービス」という概念に公然と反発する者もいた。おそらく「(公務員は)奉仕者じゃなく、管理者だ」と思っていたのだろう。

そして、行政の透明性を高めるための情報公開(ディスクロージャー)は、1980年代から地方で導入されるようになった。しかし、警察を適用除外とする傾向は続いた。1999年にようやく国に情報公開法が制定され、現在では国にも地方にも警察の適用除外はない。

しかしながら、警察情報の公開を求めても、「犯罪の予防・捜査に支障を及ぼすおそれ」という呪文と共に公開される文書は真っ黒に塗り潰される。犯罪捜査に結び付くはずのないものであっても、その呪文を盾に非公開とされる。

過去に私が警察情報を公開請求した記録が残っているので、参照して欲しい。特に警視庁にパーキングメーターの不正ほう助の証拠を請求したときの電話記録は、現在も続く『お役所の掟』を垣間見ることができると思います。

報道は警察発表のたれ流し

刑事訴訟法の第一の目的は、国家が犯罪者に刑事罰を科すことによる治安維持である。それによって、憲法の保障する生命、自由および幸福追求に対する国民の権利は尊重される。(日本国憲法第13条)

三浦春馬氏をはじめ芦名星氏、竹内結子氏らと続いた芸能人連続不審死に対し、多くの人々が違和感を感じているにもかかわらず、断定こそしないものの、報道は自殺の一点張りであった。誰もが自殺に納得いく情報が報道されるならそれでもよいだろう。しかしながら、典型的な偽装殺人の手法「首つり」以外、何ら自殺を裏付ける情報は報道されなかった。そして、警察は、捜査もせず「犯罪性なし」を判断し、断片的な情報をマスメディアにリークし、マスメディアはそれをセンセーショナルに報道した。こんなことは、他の民主的先進国ではあり得ないことだ。

記者クラブが報道の自由を阻害する

日本は、自由民主主義国で構成される国際会議G7の構成国でありながら、世界報道自由度ランキングでは常に低迷している。2021年度のランキングで日本は67位で、前年よりさらに後退した。日本が低迷する原因として、誰もが筆頭に掲げるのが、記者クラブによる報道の閉鎖性である。

なお、警察の記者クラブが他の省庁の記者クラブよりマスメディアに重視されるのは、警察が閉鎖的だからだ。閉鎖的で情報を外に出さないから記者クラブの存在意義が高まるのである。そして、警察が公然と閉鎖する根拠は、前述した「犯罪の予防・捜査に支障を及ぼすおそれ」という呪文と刑事訴訟法47条の拡大解釈である。

刑事訴訟法第47条の拡大解釈

訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。

刑事訴訟法第47条

前文で非公開を原則とし、但し書きで例外が規定されている。しかしながら、私は例外を見たことがない。

<参考>JOCの経理部長の死亡も捜査されなかった

2021年6月7日、JOCの経理部長が地下鉄の駅で電車にはねられ死亡した事件に対し、マスメディアは少ない情報だけで「自殺か」と報道した。突き落としは首吊りとならぶ偽装殺人の常套手段であるが、偽装殺人の可能性の有無が公明正大に示されることは常にない。刑訴法47条を恒常的に盾にする警察に、国民の疑念に応えるための作業を期待することなど考えても空しくなるだけだ。

捜査書類の透明性にも雲泥の差

マイケル・ジャクソン氏の死亡においては、黒塗りひとつない捜査関係書類が公表され、報道の材料とされた。一方、日本の捜査関係書類は、公表どころか、本人がその写しを受け取ることさえできない。(詳しくは次ブロックに記載する)

三浦春馬氏のケースが提起しているのは、犯罪死見逃しの問題である。「なぜ警察は犯罪死を見逃すのか?」を考えるために、捜査後の刑事司法おける諸問題を次に示す。

捜査後の刑事司法における問題

執筆者のお願い

三浦春馬氏ら芸能人の不審死の関することだけを知りたい方々にとって、3部構成の2番目にあたるこのセクションは、興味のない内容かもしれません。

しかし私は、芸能人連続不審死は、犯罪捜査(とその報道)が警察のさじ加減ひとつでどうにでもなる現実に問題の根源があると思っています。だから、個別のケースばかりに注目すると、かえって問題の本質が見えなくなると思います。

言い替えると、三浦春馬氏、芦名星氏、竹内結子氏ら芸能人が、「首つり」程度の情報だけで「犯罪性なし」が判断され、自殺の決め付け報道が行われることに不信を抱き、何とかしたいのであれば、バックグラウンド、つまり、国の制度とその運用全体の問題と向き合う必要があるのです。

それなしで、三浦氏ら芸能人のケースに限定した疑問や不満をいくら重ねても、警察からも、報道からも、何の反応も得られないでしょう。どちらにとっても、三浦氏らのケースが特別なものでないからです。

だから、少しだけ我慢して読んで欲しい。

野村一也

警察官の宣誓供述調書 ≠ 警察官の代筆による自白調書

ジャクソン氏のケースで公開されたマーレー医師の供述は、捜査官の供述調書中にマーレー医師がどう供述したかが綴られている。一方、日本での供述調書は、警察官が代筆する自白調書(司法警察職員面前調書)である。自白、つまり自分自身の供述なのに、警察も検察もその写しを供述者に渡そうとはしない。刑訴法47条の条文中「公にしてはならない」を本人に本人の供述の写しを渡すことさえ「公」と拡大解釈しているからだ。

司法職員らが、何の疑問も持たず、連綿と続けられてきた刑訴法47条の拡大解釈が、供述調書の偽造の温床となっている。

また、代用監獄に容疑者を拘禁し、警察の物理的・心理的支配下においたうえで、外部との連絡を遮断し、長時間の取調べで心理的孤立状態をつくりだして自白を迫る手法が当然のように行われている。自白は自白調書にされるが、自分の公判で検察が証拠として出さない限り、自分の自白調書を見ることはできない。

有罪を認定するだけの所

こうして警察官の作成する書類は、検察を介して裁判所に提出される。刑事裁判において、警察と検察の作成した書類は、被告人側が不同意としても、刑事訴訟法第321条1項2号(検察官面前調書)、同法同条1項3号(警察官面前調書)によって、常に証拠として提出される。さらに、面前調書でなくても、公務員が作成した書類は、同法323条第1号と第3号の通り、優位に扱われることになっている。

一方、刑事被告人が裁判所に提出する証拠は、検察が不同意にさえすれば提出できなくなる。不同意の理由を添える必要さえない。ものすごく被告人に不利なのであるが、すべての刑事裁判がこの不公平なやり方で進められている。

我が国の刑事司法はかなり絶望的である

「日本の裁判所は有罪を認定するだけの所である」
「我が国の刑事司法はかなり絶望的である」

刑事訴訟法の権威で、数々の学術書を著し、東京大学総長を務め、叙勲歴もある平野龍一氏が、日本の刑事司法制度を痛烈に批判してから既に30余年が経過した。しかしながら、根本的な問題は何も変わっていない。

ここで、代表的な冤罪疑惑事件である袴田事件の概要を確認して欲しい。

袴田事件
違法取調べ、自白強要、証拠偽造により、4人の殺害と放火の罪で有罪判決を受けた元プロボクサーの袴田巖氏が、45年以上を収監された事件。袴田氏は釈放後の現在も死刑囚であり、冤罪はいまだに確定していない。
一審で死刑の判決文を書いた熊本典道氏は、その半年後に裁判官を辞め、転落人生を送った。2007年に袴田氏を支援団体に手紙を送り、記者会見では、無罪を確信しながら死刑判決を書いたことを告白した。熊本氏は、無罪を主張したが、裁判官2対1の多数決で有罪が決まり、判決文を起案する担当となったのだという。そして、2人の裁判官が有罪を主張したのは、マスコミの犯人視報道による刷り込みの影響をあったという。
2014年、静岡地裁は、再審開始を認めるとともに、「耐え難いほど正義に反する」として、袴田死刑囚を釈放した。その後、東京高裁が静岡地裁の決定を取消し、袴田氏は死刑囚のまま放置された状態にある。「裁判所は袴田氏が死ぬのを待っている」と言われても仕方ないだろう。

冤罪が指摘される最近の殺人事件として、恵庭OL殺害事件の概要を確認して欲しい。ジャーナリストの江川紹子氏の記事によれば、2014年当時、弁護人らは再審開始と釈放を期待していた。実際には再審も釈放もされず、刑期が満了した後になされた2回目の再審請求も認められず、袴田氏と同様に極めて可哀そうな状況にある。

恵庭OL殺害事件 冤罪で人生を失う恐ろしさを示す現代の事件
当時29歳の大越美奈子氏が、警察の思い込み捜査によって殺人犯として逮捕され、検察によって無罪を示す証拠を隠ぺいされ、有罪推定の裁判所で有罪判決を受けた事件。
  • 2000年3月、恵庭市の農道で若い女性の焼死体が発見された。
  • 2000年5月(当時29歳)、大越氏が逮捕された。
  • 2002年4月(当時31歳)、新潮社は記事「恵庭美人OL社内恋愛殺人事件」と書籍「殺ったのはおまえだ-修羅となりし者たち、宿命の9事件」で、大越氏を犯人扱いした。
  • 2003年(当時32歳)、第一審で懲役16年の有罪判決が言い渡された。
  • 2005年(当時34歳)、控訴が棄却された。
  • 2006年(当時35歳)、上告が棄却され、懲役16年が確定した。
  • 2018年(当時47歳)、刑期を終え出所した。
  • 2021年(当時50歳)、2度目の再審請求をしたが、最高裁は再審開始を認めなかった。

袴田事件の下線箇所は、新聞報道が裁判所の判断を左右したことを示している。報道に影響を与えるのは記者クラブであり、そこでどんな情報を流すかによって警察は報道をコントロールすることができる。そこに警察と報道がなれ合うことの危険性が存在する。

告発の機能不全

「嘘も繰り返せば本当になる」という言葉は、マインドコントロールの基本的な技術を示している。それを大衆操作のために実践することはプロパガンダと呼ばれる。そしてテレビ報道は、大衆操作の装置として、今もなお、もっとも効果的な媒体である。

そうして警察は、ブラックボックスの内と外の両方において、絶大な影響力を持つこととなる。その一方、警察を民主的にコントロールする仕組みは、形骸化している。

そうして警察は、絶大な権限と影響力を持ちながら、民主的なコントロールを受けることなく、好き勝手に動いている。脱法産業であるパチスロに対し、政治家も国税局も地方政府も誰も手を付けようとしないのは、警察が民主的コントロールを排除しているからだ。なかでも、テレビがドキュメンタリー形式で警察の正義を演出する警察特番のプロパガンダ効果は絶大だ。

警察とマスメディアのなれ合いがもたらす表向きの平穏

ここで再度、冒頭の図表をもういちど確認して欲しい。

日本の検死制度と報道

マイケル・ジャクソン氏の事例で示した通り、LAPDは、死亡2日後にマーレー医師の供述を死亡当時の推移を時間軸に沿って記録した。LA検視局は、LAPDの捜査書類を公開した。(参照:マイケル・ジャクソン故殺事件の捜索令状とロサンゼルス警察の宣誓供述書

マイケル・ジャクソン死亡当日、第一発見者の行動

第一発見者マーレー医師の行動(LAPDマチネス捜査官調べ)

01時30分頃、マイケル・ジャクソンに、バリウムの10mgタブを与えた。
02時00分頃、ジャクソンは眠ることができなかったので、2mgのロラゼパムを静脈注射した。
03時00分頃、ジャクソンは眠ることができなかったので、2mgのミダゾラムを静脈注射した。
05時00分頃、起きたままのジャクソンに対し、2mgのロラゼップAMを静脈注射した。
07時30分頃、起きたままのジャクソンに対し、2mgのミダゾラムを静脈注射した。 マーレ―医師によれば、マーレ―が継続的にジャクソンのベッドサイドにいて、パルスオキシメータで観察していたという。

三浦春馬氏の死亡当日、アミューズマネージャーの行動

From 警察

三浦春馬氏のケースにおいて、警視庁三田署の警察官は、第一発見者である三浦春馬氏のマネージャーに対し、発見当時の様子を確認し、書類にまとめているはずだ。ただし、刑事司法の透明性ゼロの日本では、なんにも発表されない。

From アミューズ

アミューズの四十九日発表(2020年9月4日)は次のとおり。

午後から予定されていた仕事に向かうため、約束の時間に担当マネージャーが自宅へ迎えに行きましたが、メール・電話等に返事がなかったので、部屋へ向かいました。インターフォンを鳴らしましたが応答がなかったため、管理会社の方に連絡し、部屋の鍵を開けていただき入室したところ、すでに意識のない状態でした。応急手当をするとともに、すぐに警察と救急に連絡を入れ、病院に搬送されましたが、懸命な救命処置も及ばず14時10分に永眠いたしました。(以下省略)

三浦春馬に関するお知らせ(2020年9月4日)

数時間のできごとを無理やり繋いだ文となっている。

警察がなすべき捜査

三浦氏の自殺を断定する報道は、多くの人に違和感を感じさせた。また、異例の早期密葬が証拠隠滅を疑わせたことや、所属事務所の証言が変遷したこと、動機が薄弱であることなどから、他殺疑惑を増長させた。

噴出する疑惑

犯罪統計は、殺人事件の多くが面識のある者が犯人であることを示している。

知人による殺人

上記理由により、三浦春馬氏のケースは、まず三浦氏のマネージャーの関与を疑って、詳細を聞くべき事案であるといえる。

少なくとも、他殺の可能性があるにもかかわらず、WHOの自殺対策に関するガイドラインが持ち出され、他殺の可能性を示し得る状況証拠のほとんどが秘匿されている状況は、犯罪死の見逃し防止に逆行するものである。

後追い自殺防止にはなるかもしれない。しかし、「犯罪死の見逃し防止」を「自殺対策」が完全に覆い隠す現在の状況は、計画殺人を目論む者には知恵を与え、また、自殺偽装殺人を民主的にチェックすることができなくなってしまう。

オモテ向きの安全安心 ウラ側の殺人天国

前の2つのセクションで示した問題は、水面下の問題なので、表向きの日本は安全で安心な国ということなっている。

  1. 犯罪死が見落とされると、隠れた犯罪の増加によって治安が悪化する。ただし、犯罪は隠れて見えないので、表面上、治安への影響はない。
  2. 捜査がはじまった後の刑事司法の問題は、すなわち冤罪被害の発生だ。ただし、犯人らしき人が法で処罰されるので、表面上、治安への影響はない。

裏返すと、表面上の治安を良く見せるために、本質的な問題に蓋をしていることになる。

その結果、犯罪死見逃しの被害者は、「自分殺し」の汚名を着せられて人生を終える。冤罪の被害者は、人殺しの汚名と服役でまともな生活を失う。

共通するのは、真の犯人が悠々状態でいられることだ。過去の連続偽装殺人事件が示すように、再犯を重ねる者も出るだろう。

この記事では、英米の死因究明制度と刑事司法制度を比較し、日本の閉鎖性を指摘しました。次の記事では、法医学的(科学的)な話しを排除し、科学と捜査なしで判断できることで構成しました。科学と捜査なしで判断できることとは、本当に自殺だったのか、どうかという点だ。

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三浦春馬氏の他殺疑惑と透明性ゼロの刑事司法” に対して9件のコメントがあります。

  1. 宵待草 より:

    詳しく検証していただきありがとうございます。
    アミューズの幹部に元警察庁長官がいることは今回の警察の捜査に関係があると思いますか?
    元警察庁長官というのは警察官にとって辞めた後でも影響を与えうるのでしょうか。
    もし警察関係の人が事件に絡んでいた場合警察は必死で隠匿しようとするのでしょうか。
    政府が報道に規制を与えようとしたのは後追い自殺防止のためだけでしょうか。
    政府の中でこの事件に絡んでいた人がいる可能性はありますか。
    一斉に自殺と思わせる報道を全てのマスコミがしたのは「他殺を疑わず一日中自死として報道すること」という誓約書に事務所がサインさせたからでしょうか。
    この誓約書に法的効力はあるのでしょうか。
    三浦氏は全身傷だらけで鎖骨も折れていたという内部告発が病院関係者からあったと聞いています。
    でもそれはすぐ削除されて報道もされなかったと聞きました。
    骨折していて傷だらけだったら絶対他殺を疑うはずと思っていましたがこの記事を読んでみるとそれでも警察が自死と判断した可能性はあると思いました。
    しかも警察自体が自死と判断したかったからではと感じます。
    搬送された病院も事務所と関係が深いようです。
    また事務所は葬儀屋もやっています。
    それでスピード密葬を成しえたのではと思います。
    もっとも三浦氏の亡くなった日にちも18日ではなかったのではと言う情報がたくさんあります。
    亡くなった日にちまで誤魔化しているとしたらやはり警察も病院も絡んでいる可能性は高いと思います。
    三浦氏は15日か16日から行方不明だったという情報もあります。
    拉致監禁されて暴力を振るわれて殺されたのではないでしょうか。
    カネ恋の最後の撮影日に一人で残されてそこから行方不明なのではないでしょうか。
    あのドラマの演出家は事件に関与しているものしかわからない情報をツイッターやインスタに載せていました。
    なぜ誰もあの演出家を調べずに彼は今でも普通にドラマや映画に関わることができるのでしょうか。
    それなのに三浦氏は自殺とされてしまうなんて浮かばれません。
    この事件が未だに有耶無耶にされていることに心を痛めています。
    なんとかして真相を明らかにして犯人を罰して欲しいと切に願っています。
    事務所はチャリティーのお金をほんの一部しか寄付せずどこかに流していたようです。
    また豊島保養所が日本のエプスタイン島であるとの噂もあります。
    三浦氏が事務所の秘密を知って告発しようとしていたので口封じのために殺したのではないでしょうか。
    その闇は口封じをしなくてはならないほど深いものだとしたら余計にこのままではいけないと思うのです。
    警察やマスコミの闇を多くの人に知ってもらい事件を解決して平和な国で居られるよう早急に制度の改善を望みます。

    1. 野村 一也 より:

      宵待草さん

      コメントありがとうございます。
      たくさんの疑問・質問がありますが、私のポリシーに基づいて、間接的に回答します。

      三浦氏の死亡に関しては、ラオスやエプスタインなど『陰謀論』のレッテルを貼られた推論がありました。三浦氏の件に限らず、古今東西に多くの陰謀論があります。しかし、これら陰謀論に直接証拠はありません。そして、十分な証拠がない事実は、事実として認定されません。逆に『陰謀論』とされた論に一定の証拠があったとしても、警察と報道が動かなければ、現実の問題になり得ません、

      誰もが簡単に情報を発信できる時代となりました。しかし、確たる根拠のある事実と、ただの伝聞(うわさ話)さえ区別していない発信があまりに多い。発信する側から見ると、興味をそそるキャッチコピーや、刺激的なストーリーで組み立てた方が「食いつき」が得られます。証拠にこだわったものより、書くのも読むのも容易です。

      一方、マスメディアの記者たちは、確たる証拠のある事実とそれ以外を書き分けます。ただし、ネタ元が公的機関の場合、それを事実として報道します。これが『発表報道』。

      警察官は、事実(証拠)だけを記録する訓練を受けていますが、思い込みや面倒さから、捜査を怠ったり、証拠を恣意的に扱うことがあります。最近の例として――

      • 旭川の女子中学生の死体検案書に、無実の病名をそそのかした警察官
      • 大宰府の主婦暴行死の直前、被害届の受理を拒絶した鳥栖署の警察官
      • 高知小2水死事件の直後、「解剖しても無駄」と遺族に告げた警察官

      犯罪者は、証拠を隠そうとするものです。だから、捜査機関が捜査を怠ったり、証拠を恣意的に扱うなら、よほど間抜けな犯人でない限り、捕まることはありません。

      日本は、自力救済(「刃には刃」)を許さず、法に基づいて国家が犯罪者を処罰することで治安を実現する法治国家なのだから、警察の堕落は、犯罪者の野放しに直結する。そして、堕落した警察の発表を、マスメディアが事実として報道(発表報道)するなら、戦時中の大本営発表と同じだ。悲惨な状況をひた隠しし、まるで国家戦略が大成功を収めているかのようなプロパガンダがまかり通ったあの時代と何も変わらないのである。

      私は、根拠を添えて、三浦氏の件に関する記事を組み立てたつもりです。推測は、それが推測であることを明示し、かつ、そう推測する理由を添えました。そうした記事を書いてきたのは、マスメディアの「発表報道」に対抗するためです。しかし残念ながら、そうした文章は、長くなりがちで、しかも固い印象を与えてしまうので、一般の人には、なかなか読んでもらえなくなります。

      一方、「首吊り」「遺書」の二つを警察官がマスメディアにリークしたなら、マスメディアは「自殺か」と推測を加えるのはきわめて自然。この単純明快かつセンセーショナルな『発表報道』を見たら、誰もが瞬時に自殺として消化できます。かみ砕く必要はありません。

      こうした短絡的な『発表報道』がなされ、大衆がそれを消化する一方、常習者ならずとも殺人者は、自殺や事故を偽装して人を殺します。偽装の手法として首吊りがよく選択されるのは、それが自殺を印象付けるシンボル的手段だからです。三浦氏が自殺偽装殺人の被害者であったかどうかはさておき、『発表報道』として「首吊り」「遺書」、メディアの推測として「自殺か」が大きく報道されたことによって、マスメディアを疑うことを知らない多くの大衆は、「(揺るぎない)自殺」として消化しました。

      マスメディアが自ら取材で作る『調査報道』に背を向け、手間のいらない『発表報道』に終始するなら、民主的なチェックは不可能になります。チェック以前に、問題が表面化しないからだ。

      冒頭に書いた陰謀説に戻ります。
      直接証拠のないことは、その推論を立証できないだけであって、真実か否かを決定付けるわけではありません。しかしながら、その推論を捜査権もない一般人が立証することは不可能です。私がラオスやエプスタインの話題に触れないのは、証拠を添えられる可能性がないからです。その推論を捜査機関が調べたとしても証拠集めは困難か、あるいは捜査機関が手を付けたがらない事案だろうと思います。本当に悪い人たちは、法治国家の網をすり抜ける術を知っているものです。

      だから私は、警察がなぜ「事件性なし」を判断し、火葬が可能となる検案を手配したのかにフォーカスしています。アミューズの関与は否定できないものの、警察さえまともなら犯罪は抑止できたかもしれません。マスメディアの扱いは極めて不自然ですが、警察が正義を優先するなら、事件はちゃんと捜査されます。

      とにかく最大の問題は、犯罪捜査を国民から一任されているはずの警察がまともに機能していないことだと思います。同じような不幸な被害者を減らすためには、まず警察の問題を明白にする必要があると、私は思っています。

      1. 宵待草 より:

        ご丁寧に返信いただき誠にありがとうございます。
        「警察が正義を優先するなら、事件はちゃんと捜査される。」
        「とにかく最大の問題は、犯罪捜査を国民から一任されているはずの警察がまともに機能していない」ことなのですね。
        私は今まで警察がきちんと捜査をしてくれていると信じていましたが国民がもっと関心を持って見ていかなくてはいけなかったのですね。
        少しでも多くの人に現在の警察の問題を知ってもらい皆で声を上げて改善していけたらと思っています。
        野村様にも是非この問題を様々なメディアで発信していただけたらと思います。

  2. 宵待草 より:

    私のような素人のコメントにご丁寧にご返信いただき誠にありがとうございます。
    三浦さんの自殺報道を聞いた時から不信感をいただいていましたが四十九日の発表やその後のアミューズの対応から私の中で他殺が揺るぎないものになっていたのですが他でコメントするとすぐ削除されたり事務所関係の人から脅されてこのまま彼が一番嫌だと言っていた他殺を自殺にされたまま終わってしまうかと思い絶望的な気持ちでいました。
    他のメディアは自殺決め付けの報道しかしていないのででこちらのブログの的確な考察を読み暗闇の中の一筋の光を感じました。
    問題は「警察官が思い込みや面倒さから捜査を怠ったり、証拠を恣意的に扱うことがある」とういうことですね。
    遺書と言われていたのは役者ノートで一年も前の映画撮影時の役作りの部分だけを見て遺書と警察は判断するのか疑問でしたがそれもあり得るということですよね。
    まずは警察がなぜ「事件性なし」を判断し、火葬が可能となる検案を手配したのかが重要なのですね。
    春馬さんファンやこの事件に関心を持った人は自死でない事に気づいていますが一般の人は未だに最初の報道を信じて春馬さんが自死と思い込んでいる人が大半だと思います。
    少しでも多くの人に野村様の考察を知ってもらい警察の問題に気づいて欲しいと思っています。
    ネットを見ない人にも気づいて貰えるよう是非雑誌や新聞テレビなど色々な形で発信していただけると嬉しいです。

    1. 野村 一也 より:

      「警察官が思い込みや面倒さから捜査を怠ったり、証拠を恣意的に扱うことがある」というのは、かなり控えめに書いています。現実は、多くの事件が恣意的に扱われています。ただし、それは犯罪の態様によって大きく異なります。

      例をあげると、現行犯逮捕以外の窃盗事件を、警察は捜査しません。捜査以前に、被害届を出そうとすると「たいへんだよ」「時間がかかるよ」といって、届出をあきらめさせようとします。代表的な事例として、鉄人28号のブリキのおもちゃを盗まれた店主が、犯人の顔が映った防犯カメラの映像をネットに公開しようとした事件が2014年にありました。店主の公開予告が広く報道された後、店主は「警察にお任せする」として公開を中止した。その背景には、警察が防犯カメラの映像や被害届をまともに受け取ろうとしなかったであろうことが、当時の報道からは容易に推察できました。

      殺人の捜査があるのは、それが誰の目にも明らかなケースだけです。ニュースを注意深く見ていると、不自然死は「警察は、事件と事故の両面で調べています」と報道されるものの、よほど注目を浴びるニュースでなければ、捜査が続いているのか、それとも捜査しなかったのかは、報道されません。

      三浦氏のケースにおいて、事件の可能性に触れられることはなく「捜査関係者は自殺とみている」と報道されました。警察が死亡の翌日に検案を手配したことは、死亡診断書の発行、すなわち火葬を認める事務を進めたことになります。それを遺族でなく、アミューズに渡したのも、とうぜん三田警察署の意向が反映されています。

      死亡診断書には、「死因の種類」という項があり、不慮の事故・不詳の死でないなら、「9 自殺」「10 他殺」「11 その他および不詳の外因」のいずれかを〇で囲むことになっています。三浦氏のケースでは、とうぜん「9 自殺」が〇で囲まれているはず。

      つまり警察は、捜査をしないことを7月19日の時点で決めています。捜査をしないことを発表しないのは、あとから捜査以外の要因によって、事件が進展することがあるからです。事故や自殺として捜査しなくて、後から殺人事件の有力な証拠が出てきたときに、まるで捜査をしていたかのように振舞うことができるから、捜査をしない選択をしたことが発表されることはありません。しかし、三浦氏のケースでは、検視の段階で結論(事件性なし)は決まっています。

      それゆえ、警察の捜査に期待しても無駄です。できることは、なぜ警察がまともな捜査をしなかったのかを追及することによって、同種の不幸な事件を減らすことです。

      死因究明推進基本法の施行元年、死因究明をすべき典型的な事件が、あんな杜撰(ずさん)な処理では、法律の存在価値さえ疑いたくなります。

      累計150万人が新型コロナに感染しても、身近に感染者がいない限り、多くの人たちにとっては他人事、危機感は薄れています。同様に動機不詳の行方不明者が毎年4万人発生しようが、毎年2万の変死体が確認されても、他人事です。

      その対極にあるのが交通事案。些細な交通違反さえ事件化され、莫大な予算をかけて危機意識が刷り込まれ続けています。その理由は、警察予算の拡大ができるから。

      警察が、何を捜査するかを恣意的に扱い、「何で捜査しないの!?」という多くの声を無視し続ける限り、不幸な事案は今後も続くことになるはずだ。

      1. 宵待草 より:

        野村様、ご返信頂きありがとうございます。
        現実に多くの事件が恣意的に扱われてる、今回の事件はその中で起きた一つなのですね。
        でも本来は絶対あってはいけないことですよね。
        身長178cm以上ある三浦さんがクローゼットで首吊りというだけで違和感しかないのに検死もせずに自死の判断、そして死亡診断書を遺族でなくて事務所に渡したというのも恐ろしいと思います。
        お別れに行った友人の遺体は最初から花で埋もれていて顔の一部しか見えずアミューズのスタッフが棺のそばにぴったり付いていたという証言がありました。
        普通、花は葬儀の後に近親者から順番に入れていくものですから余程遺体を見せたくなかったのではと思ってしまいます。
        身体中傷だらけであちこち骨折していたと言う病院関係者の内部告発も信憑性が増していきます。
        これは絶対このまま有耶無耶にしてはいけない事件だと思います。
        多くの人が気付き始めたこの機会に偽装殺人と警察の問題を明らかにして警察改革を行って欲しいと切に願います。
        今度「虎ノ門ニュース」でこの事件と警察の問題を追及していただけませんか。
        本日ツイッターデモを行っています。
        虎ノ門ニュースの先生達は正義感の強い素晴らしい方ばかりです。
        よろしければ是非お願いいたします。

        1. 野村 一也 より:

          芸能人連続不審死は、タブーの四面楚歌(桜タブー、メディアタブー、記者クラブタブー、芸能プロダクションタブー)の中の事案です。少なくとも、タブーで塗り固められた面から真実が明らかになることは期待できません。

          「虎ノ門ニュース」がどの程度の影響力があるのか、私には分かりませんが、討論番組のように見えます。
          討論番組は、事実や証拠に基づいて、討論を展開するものです。しかし、疑惑だらけの事案を展開するには、取材と調査を行い、証拠が必要になります。それなしに討論が行われても、疑惑の解明が進むことはあり得ません。

          私が書いた芸能人連続不審死関連の記事は、今でも1日1000人前後の閲覧があります。おそらく何度も見に来る方もいるのでしょう。何か追加があるかと期待して再訪する方々も少なくないように感じます。

          そこで、脱稿後に内容を見直して、個人的な推察を変えるべきだと感じていることを付け加えることにしました。

          それは、事件当時に「遺書」と報道されたが、後に週刊文春が記事にした役作りノートではなく、別の書が存在していたのではないか、ということです。その書は、6年前に私の知人が殺害されたときと同様、直筆で書くことを強制された遺書があったのではないかと思います。

          三浦春馬氏の死亡報道の翌日に書いた「三浦春馬氏は自殺か他殺か」に記した通り、自殺に見せかけて殺害する犯人は、遺書の体裁に気を配るものです。脅して書かせるのだから、大した文章にはなりません。体裁とは、まず直筆であること、それから 「先立つ不孝をお許しください」に始まる自殺の宣言があることの二つです。それさえあれば、遺書の体裁は整います。殺人事件の認知数を減らしたい警察官は、それ以上の詮索をしません。

          そして、その遺書を見た警察官は「首吊り+遺書=(推定)自殺」と、いつもの安易な処理をしたのでしょう。
          報道された「首吊り」「遺書」「自殺か」の3点セットのうち、ふたつの断定「首吊り」「遺書」があるから、推定「自殺か」が当然のように添えられことは、間違いないと思います。

          しかし、自殺偽装の関与者は、その「遺書」の出来が悪いことから、母親に渡された後の評価に耐えられないと判断し、そして週刊文春に役作りノートを提供し、遺書とするには甚だしく無理がある役作りノートを『遺書』として扱った記事を書かせたのではないかと思います。そしてアミューズは、ファンの感傷が落ち着くころ合いを見計らって、四十九日報道で「遺書はなかった」と訂正したのではないかと思います。

          三浦春馬氏の不自然死と報道の闇 > 週刊文春による自殺の刷り込み記事に示したとおり、記事中の役作りノートに遺書と言える内容はありません。断定的なタイトルと遺書であることを断定的に繰り返す文章によって、読者に一考の予知を与えぬまま、一方的に刷り込むテクニックが駆使されています。

          アミューズが「遺書はなかった」と発表した後、改めて文春の記事を見直せば、誰もが「なんでこれが遺書なのよ!」と思うはず。

          そこで発生する疑問は次のふたつ
          1) なぜ週刊文春があんな刷り込み記事を書いたのか
          2) はたして役者ノートを警察が遺書とみなすか

          1) に関して、文春は、ネタ元が匿名の第三者の体裁を取り、かつ、”取材源の秘匿”を盾にできるので、その責任を追することは困難です。

          では、2)ついてはどうだろう。
          三浦春馬氏の不自然死と報道の闇 > 警察が日記を遺書とみなした行程に示したとおり、警察官が室内を捜索し、日記を発見し、それを読み進めて遺書と認定した、なんてことはあり得ない。自殺現場に到着した警察官は「自殺の動機に心当たりはありますか?」と聞き、アミューズのスタッフは「こんなものが…」と『遺書らしきもの』を差し出した。こちらの推察の方がはるかに自然だろう。

          ここで立ち止まって考えるべきことがある。警察官であろうがなかろうが、2年前の回想である「僕の人間異性を全否定〜」が埋もれた役作りノートを、はたして『遺書らしきもの』として認定するか?ということだ。

          次に三浦春馬氏の不自然死と報道の闇 > 三浦春馬氏の不自然死を自殺として配信した記事の「遺書の有無に関する報道内容」を見て欲しい。18日は「遺書(らしきもの)」と報道され、19日は「日記」「ノート」に変わっている。これは自殺を判断する材料の変化を示している。

          おそらく、19日の段階では、直筆で書くことを強制された遺書が「遺書(らしきもの)」として報道され、19日以降は、それが役作りノートに変更されたのだと思います。そして、何らかの理由で週刊文春は、役作りノートを基に自殺を刷り込む記事を書き、他殺疑惑がある程度おさまった段階で、アミューズは「遺書はなかった」と発表したのだろうと思います。

          以上の考察から、アミューズが自殺偽装に関与している可能性は極めて高く、捜査情報の漏洩の仕方を見る限り、警察にも自殺で終わらせたい特別な事情があるのだろうと思います。

  3. 宵待草 より:

    ご返信ありがとございます。
    世間ではメディアの報道を鵜呑みにしている人が多いので是非この事件の実態を多くの人に知って欲しいと思っています。
    ファン以外の人たちが気づくことにより再捜査を促す世論に結びつく可能性があると思うからです。
    私は個人的に虎ノ門ニュースは取材や事実に基づいて討論していると思っていますがどこの雑誌、週刊誌、テレビでも野村さんの信頼できるメディアで発信いただいて少しでも多くの人にこの問題を知ってもらえたらと思っています。
    遺書の話、興味深く読ませてもらいました。
    しかしここで疑問は警察は遺書を親に確認する前に自死と判断したのでしょうか。
    他人である事務所だけの話ではなくまずは親に遺書と思われるものを確認の上判断すべきだと思うのに親にも確認しないまま自死の判断をして火葬が可能になる検案を事務所に渡したとしたらゾッとします。
    両親は春馬さんの遺体を見たのでしょうか。
    時津風部屋の力士暴行死事件では病院の医師が死因を急性心不全と診断し親方はご両親に「荼毘に付してから遺骨をお持ちしたいから任せて欲しい。」と申し入れたが両親は不信を感じて申し出を断り遺体を引き取って初めて息子の全身に稽古で出来たとは思えない外傷が残り変わり果てた姿になっているのを見て驚き、葬儀火葬の予定を全てキャンセルして検死をした結果「多発性外傷によるショック死」とわかりそこから捜査が始まりリンチによる殺人事件ということがわかりました。
    この時も愛知県警が当初から事故として処理しようとした思い込みにあったのではと言われています。
    病院の方の内部告発によると春馬さんの遺体は傷だらけで骨折もあったそうです。
    事務所が火葬を急いだのも時津風部屋事件と同じく遺体を見せて真実がばれるのを恐れたからではと思います。
    春馬さんの時はまともな葬儀もなく会議室に安置された遺体を見たのはごく少数の方たちで最初から花で埋められて顔の一部しか見えなかったというのも不自然です。
    ご両親もショック状態であるのをいいことに上手いことを言って遺体を見せずにさっさと火葬してしまったのでしょうか。
    検死をしていたら事件性が判明したかもしれないのに本当に残念だしあってはならないことです。
    今回の事件は報道も警察も不審な行動ばかりです。
    絶対に再捜査と真相解明が必要だと思っています。
    これを有耶無耶にしたら坂本弁護士失踪事件の後の地下鉄サリン事件のようにもっと恐ろしいことにつながっていくような気がしています。

    1. 野村 一也 より:

      ご意見ありがとうございます。
      ただし、文章は少し散漫となっているように感じます。

      私は、桜タブーに関することに限定して綴ります。そのなかにはあなたの文章に対する私なりの回答を含ませたつもりです。

      警察組織は、大昔から構造的な問題が指摘されています。でも、警察が民主的コントロールを拒絶している状況は、何も変わっていません。

      かつては、警察の問題を追及したメディアがありましたが、2007年くらいから、マスメディアは、次第に手間のかかる調査報道をしなくなりました。

      そして、民主党政権が改革への期待を裏切ったことが、人々を一気に保守的にしました。
      手間のかかる調査報道で、現状を批判する記事を作っても、そもそも改革への期待がないので、部数も視聴率も伸びません。だから、調査報道はあまり行われなくなり、発表報道ばかりが報道されるようになっています。

      そんな中、戦時下の大本営発表ばりに一方的な発表報道がありました。それが三浦春馬氏らの連続不審死です。竹内結子氏の死亡によって、ニュースの受け手の不審感がピークとなった時も、その不信感や疑問を代弁するテレビ人は一人としていませんでした。情報の受け手の異論を許さない完全に一方通行の発表報道です。

      「影響力のある媒体が扱ってくれれば、きっと・・・」
      真相究明を求める人たちには、こんな思いもあるかもしれません。しかし、調査報道で桜タブーに切り込むには、相当な覚悟をもって臨まなければなりません。

      △「お前のところには、もう情報やらない」と警察に嫌われるリスク
      △警察に対立することによるイメージ悪化からのスポンサー離れリスク
      △損害賠償請求の対象となる場合における訴訟リスク
      △記事を成立させるための情報を「捜査に支障」を盾にする警察から得られるか
      △改革への期待のない時代に、その記事は受け入られるか
      △そもそも、大衆が興味を持つ内容か(労力に見合った効果はあるか)
      ※これらの問題は、フリージャーナリストにも一部が充てはまります。

      これらの理由から、三浦春馬氏らの事件を影響力のある媒体があつかうことはないと思っています。

      そして私は、私のできる範囲で調査報道をしているつもりです。
      〇刑事司法分野が専門なので、証拠能力のない情報は排除します。
      〇常に根拠を元に記事を組み立て、読む人が容易に根拠を検証できるようにする。
      〇刑事司法と法医学の専門家が参考にするクオリティを保つこと

      正直に言えば、自分の調査報道が広く認めれれて、真相究明と警察改革につながる、そんな淡い期待もあります。しかし現実的には、警察の問題は、刑事司法制度全体の問題と一体の問題としてでなければ変わらないのではないかと考えています。それは、政権交代よりも、はるかに大きな変革で、いつか治療すべき国家の病理だと思っています。

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