飲酒運転クライシス – ファースト・インパクト

酒気帯び基準の大幅な引き下げとその罰則強化は、かえってひき逃げによる多数の犠牲者を発生させている。国家をあげてのプロパガンダによって、その実態は見えにくいが、警察庁がそれを正当化した根拠とその手法は、あまりにも稚拙である。それゆえ、情緒的な世論に乗じて、最初になされた酒気帯び基準の引き下げとその罰則強化の本当の目的は、警察威信を回復するためだと評価せざるを得ない。なお、『飲酒運転クライシス』とは、欧米では容認されているレベルの飲酒運転さえ、重大犯罪であるかのような扱いをすることによって引き起こされたクライシス(非常事態)である。

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飲酒運転クライシスは、2002年6月、改正道路交通法の施行とともに始まった。まずは、警察庁が飲酒運転クライシスを引き起こす直前に、世論を左右した悲惨な死亡事故をいくつかピックアップした。

  1. 1997年11月、大型トラックが横断歩道の8歳の男の子を轢死させ、走り去るも不起訴
  2. 1998年2月、首都高レインボープリッジで大型トラック追突、一家5人が死亡
  3. 1999年11月、東名高速で飲酒運転の大型トラックが乗用車に追突、両親は脱出するが、3歳と1歳の女児が焼死
  4. 2000年11月、平塚の国道で飲酒運転のトラックに追突され、乗用車の3人焼死。

これらすべてが大型トラックの過失によって発生した事故である。そのなかで最も知られているのは、3の東名高速における飲酒運転の大型トラックによる追突事故である。

東名飲酒死亡事故

この事故では、通りかかったテレビ朝日のカメラマンが、事故直後の映像を撮影していた。このカメラマンは、救護にあたろうともせず、母親が窓から脱出する前からずっとカメラをまわし続けた。ろれつが回らないほど酔っ払った運転手の声も記録されている。

そして、カメラマンのは、スクープ映像として繰り返し報道された。このカメラマンは、報道人として手柄を立てたわけである。

罰則強化の概要

怒涛の厳罰化

詳細は完全版

一方、不祥事の多発で激しい批判の渦中にあった警察庁は、この事故をきっかけとした世論に便乗し、酒気帯び基準の引き下げを伴う飲酒運転の罰則強化を行なった。つまり、警察は大きな網をかけたのである。

同時にひき逃げの罰則強化が行われたのは、飲酒運転の発覚を恐れて逃亡するケースの増加が予想されたからだ。

罰則強化は、それ以降も度々繰り返されている。それは事故に至った場合のみならず、単なる酒気帯び運転に対しても、繰り返されている。同時にひき逃げ(救護義務違反)の罰則強化も繰り返されている。

ひき逃げへの厳罰化

なお、被害者の井上夫妻は、後に民事訴訟を起こし、総額2億5000万円の賠償金を手にした。これは交通事故の賠償金として最高額である。

厳罰化の結果

怒涛の罰則強化が、かえって悲惨な事故を招いていることは、誰の目にも明らかだ。飲酒を隠そうとしての悲惨なひき逃げ事故が多発しているからである。

A.酒気帯び運転を隠そうと逃走し、発生した死亡事故(2011年以降の抜粋)
【世田谷】無灯火で追跡され逃走中、3台に衝突し1人死亡。[基準値の2倍近い](2016年3月)
【宇都宮】コンビニで衝突した19歳の女性が飲酒運転の発覚をおそれ逃走しひきずり殺害(2014年9月)
【東京】パトカーに追跡された車が横断歩道の女子大生をはね、死亡させる[0.4mg/l](2014年12月)
【江戸川】逃走バイクが原付バイクに追突し、原付の男性死亡[基準値を超えるアルコール](2014年12月)
【和歌山】飲酒逃走車両がタクシーに衝突。1人死亡1人重体[基準値を超えるアルコール](2014年11月)
【千葉】飲酒逃走車両が軽乗用車に衝突。40代女性が死亡[基準値を超えるアルコール](2013年6月)
【横浜】飲酒当て逃げ後に別の車に衝突[0.25mg/l](2012年6月)
【名古屋】飲酒で追突事故から逃走中の車が大学生をはねて死亡させ、さらに逃走。(2011年10月)
【大阪】飲酒の発覚を恐れた乗用車がトラックに衝突。乗用車の3人が死亡[運転手死亡]
B.救護義務よりも飲酒事故の発覚を恐れて逃走した死亡事故(2008年以降の抜粋)
【北海道(砂川市)】追突事故で放り出された16歳を引きずり死亡させた[検知不能](2015年6月)
【山形】高校教師(60)が剣道仲間の警部補を祝賀する会の後、ホステスを同乗させた車で路上に倒れていた人を1.5km引きずって死亡させた[警察は飲酒を追求しなかった](2014年12月)
【三重】72歳の女性がひき逃げ死亡。逃走車両の男性は飲酒していた[直後の検知不能](2014年12月)
【三鷹】乗用車が軽ワゴンと出会い頭衝突。軽ワゴンの69歳死亡[直後の検知不能](2014年11月)
【三重】軽自動車の28歳女性が自転車をはねて逃走。男性死亡[直後の検知不能](2014年9月)
【静岡】飲酒運転の車に衝突され夫婦が死亡。逃走するも現場近くで逮捕[未発表](2014年8月)
【小樽】海水浴場で飲酒した後、女性4人をひき逃げ。3人死亡1人重体[0.5-0.6mg/l](2014年7月)
【埼玉】はねた女性を1.3km引きずり死亡させ逃走した公務員が逮捕[直後の検知不能](2014年7月)
【世田谷】セブンイレブンの男性社員(24)が男性をはねて死亡させ逃走[なぜか未発表](2014年3月)
【旭川】警察庁の技官が76歳女性をひき逃げ死亡[警察は飲酒を追求しなかった](2014年2月)
【長野】10代女性2人がはねられ1人死亡。現場に戻った19歳の少年が逮捕[未発表](2011年11月)
【北海道】乗用車と軽乗用車が衝突し、軽の女性死亡。乗用車は逃走[直後の検知不能](2011年11月)
【梅田】飲酒運転の26歳が68歳の男性をはねて約3kmひきずり死亡させた[直後の検知不能](2008年7月)

報道されるニュースの数のほか、Googleトレンドによる「ひき逃げ」の検索数の増加傾向も問題が拡大していることを裏付けている。

ひき逃げの増加傾向

酒気帯び基準の引き下げを伴う罰則強化がなれていなかったら、A群の事故は発生していない。B群の事故においては、逃げずに救護を試みるドライバーもいたはずだ。

なお、海外で飲酒運転の許容量が公開されている。対する日本では「少しでも飲んだら危険!」と広報されるだけである。許容量を示さずに見せしめ主義の網がかけられているのである。そうして、許容量内ないし運転に支障のない軽度な酒量であっても、懲罰への恐怖が先に立ち、ドライバーを逃走に駆り立てているのだろう。

悪質運転による悲惨な事故を減らすためのタスク

交通事故に対し、国家が為すべきタスクは、厳罰化による『加害者の処罰』だけではない。

交通事故に対しなすべき3つの施策

「『加害者の処罰』が治安維持に繋がる」として、見せしめ主義を貫く刑事司法機関はさておき、悲惨な事故が多発した場合、本当に優先すべきは、具体的な『事故の抑止』である。

個別具体的な事故の発生は、同じ場所あるいは同種の事故を未然に防ぐ『事故の抑止』策を検討する重要なインシデントだ。

ここではあえて言い切るが、加害者の悪質な運転によって発生した悲惨な死亡事故を除けば、多くの人にとって、加害者の処罰より、補償の方が重要である。

そして本来、国家が為すべきことは、事故態様と被害程度に応じて、3つのタスクを適切に稼動させることである。

交通事故に対するタスク

東名高速における飲酒追突死亡事故の特性

東名の追突事故は、次の特徴があった。

  1. 加害者は、大型トラックのプロドライバーで、仕事中の飲酒運転を恒常的におこなっていた
  2. 加害者は、事故当時、真っ直ぐ立つことができないほどに酔っ払っていた

しかしながら、警察庁は、事故の特性を勘案することはなかった。インシデントが大型トラックの職業ドライバーによる事故であるにもかかわらず、車両一律への規制強化をおこなった。また、インシデントがべろべろに酔っ払ったドライバーによる事故であるにもかかわらず、一律に酒気帯びの違反を基準を引き下げた。

つまり、警察庁は大きな網をかけたのである。その結果、軽症事故や物損事故に対しても、「加害者の処罰」ばかりが行なわれることとなったのである。

ちなみに、アメリカの酒気帯び基準は、血中濃度0.8~1.0mg/mlとなっており、日本の0.3mg/ml(呼気中0.15mg/l)よりもずーっとゆるい。ただし、職業ドライバーは0.4mg/mlと低く設定されている。

なお、加害者が恒常的な飲酒運転をしていたのは、高速道路で飲酒運転の取締りが行われないことを経験的に知っていたからである。

もちろん、警察は口が裂けてもそれを認めることはない。また、警察が路線毎の検挙数と執行部隊別のノルマを明らかにしないため、私はその証拠を提示することはできない。しかしながら、ベテランドライバーの貴方は、それを知っているはずだ。

警察が効果的な飲酒運転の取り締まりをしない理由

2002年の改正前でも、飲酒運転の取締りは、交通安全運動の期間くらいにしか行われていない。また、いまも昔も、高速道路において飲酒運転の取り締まりは行われていない。

飲酒運転が野放しの繁華街そして、これら交通安全キャンペーンは大々的に広報されている。 こうした大々的な広報は、警察の活躍をアピールするためには有効なのだが、飲酒運転の常習者に向けては 「交通安全運動の間だけは自重しろ」といっているようなものである。

警察庁が全国一斉の取り締まりにこだわるのには、次のふたつの理由がある。

  1. 全国ニュースとして、テレビや新聞で報道させられるので、警察の活躍を広報できる。
  2. 交通安全運動の間だけ自粛させることで、「取り締まりの効果で事故が減った」とアピールできる

もしも警察に本気で飲酒運転を取り締まる気があったのなら、こうした分かりやすい方法で取締るのではなく、繁華街の出入り口付近で抜き打ちの飲酒検問をしていたはずだ。

私の30年の運転経験において、飲酒運転の取り締まりは、交通安全運動の期間に、各警察署付近の幹線道路で行なわれるだけだ。繁華街や高速道路での飲酒取締は見たことがない。

飲酒運転の検挙ノルマついでに言えば、「飲酒運転撲滅!」と大々的に広報していながら、飲酒運転の検挙ノルマは大きく引き下げられている。表向きの広報と、実際にしていることが、完全に真逆だ。

警察が飲酒運転の取締りを減らす理由は、ふたつある。ひとつ目の理由は、検挙数を減らし、「取締りの効果で違反が減った」とアピールするためだ。

もうひとつの理由は、酒気帯び運転が青切符で処理できないからだ。酒気帯び運転は、最も低い酒量であっても赤切符となり、反則金を回収することはできない。つまり、交通安全対策交付金で警察が潤うことはない。警察が飲酒運転の取り締まりに消極的なのは、そうした理由だろう。

ベテランドライバーの多くは、警察が、事故抑止効果のない弱肉強食の取締りばかりを行っているにもかかわらず、「取締りで違反が減った!事故も減った!」と広報することにあきれている。東名での飲酒追突事故のドライバーが恒常的に飲酒運転をしていた背景には、そうした理由が存在する。

根拠が希薄な酒気帯び基準の引き下げ

酒気帯び運転警察が、いくら交通事故の恐怖に訴えても、どれほど罰則を強化しても、飲酒運転はなくならない。なぜなら、少し位飲んでも、運転に支障はないからだ。後にデータを示すが、ベテランドライバーは、どの程度なら運転にさしたる影響がない、という経験値を持っている。

一方、2002年に行なわれた酒気帯び基準の引き下げに科学的根拠はなく、その必要性を示す資料は、あまりにも稚拙だ。また、「少しでも飲酒したら危険」と思わせるための印象操作がある。こんな程度の裏付けで、2002年の酒気帯び基準の引き下げを行なったことに対して、怒りさえ禁じえない。いわば、取締る正義を演じるために、犯罪者を作り出したのである。

では、警察庁が酒気帯び基準を引き下げの裏づけをした“研究発表らしきもの”の内容を具体的にみてみよう。

警察庁
警察庁のサイトのなかで、飲酒運転に関する扉ページ(みんなで守る「飲酒運転を絶対にしない、させない」)の冒頭では、悲惨な事故が後を絶たず、悪質・危険な犯罪であることが、まず記されている。

そして、罰則が羅列してあり、その次の「飲酒運転はなぜ危険か?」の項に示された【参考資料】は、次のふたつである。

  1. 「低濃度のアルコールが運転操作等に与える影響に関する調査研究」
    科学警察研究所交通安全研究室
  2. 「アルコールが運転に与える影響の調査研究」
    財団法人交通事故総合分析センター

1.科学警察研究所交通安全研究室の研究について

同研究所の低濃度のアルコールが運転操作等に与える影響に関する調査研究」は、次の点で、客観性にかける。

      1. 被験者数があまりにも少ない
      2. 被験者の体重や飲ませたワインのアルコール濃度が記されていない
      3. 作成日もなく、作成者の名前も書かれていない。

とにかく、学術目的や政策決定の根拠となり得るようなシロモノではない。そもそも、海外の飲酒運転に関する研究が学術的に体系化されているのに対し、科学警察研究所交通安全研究室のサイトをみても、責任者の名前すら記されていない。

2.財団法人交通事故総合分析センター(ITARDA)の実験について

科学警察研究所交通安全研究室の研究よりはましである。しかしながら、実験の内容は科学警察研究所交通安全研究室がおこなったものに準じており、やはり被験者数は少ない。

それ以前の問題として、「アルコールが運転に与える影響の調査研究」の体裁があまりにつまらない。まるで読む気にさせないために作られたかのようにさえ感じられる。

そこで、同じ実験を見やすく体裁が整えられたITARDA・インフォメーションNo.72より要所を次に抜粋した。

科学警察研究所交通科学部の資料上の図は千分の1秒単位、下の図は百分の1の単位で示されていることに着目して欲しい。

実験の目的は、交通事故につながる可能性を検証する目的である、それなのに、まるで反射速度を競う選手をテストするかのように、コンマ01秒ないしコンマ001秒の違いを見て、交通事故につながる可能性にこじつけているのである。

ここで、海外の同種の研究に目を向けてみよう。次の図は、ヨーロッパ安全評議会(ETSCによる研究の抜粋である。

fig_etsc一定レベルまでは、飲酒による運転への影響が少なく、上の図では、BAC値で1、下の図ではBAC値で1.2のあたりでリスクが上昇していることが示されている。

BAC値で1および1.2という数値は、日本の呼気中アルコール濃度でいう0.5mg/lおよび0.6mg/lである。

ここで、上図に警察庁が酒気帯び基準を引き下げた根拠としたふたつの研究が対象とした範囲を投影し、次に示す。

日本での研究対象

日本で酒気帯び基準が引き下げられた根拠として警察庁が示す研究は、赤枠に示すとおり、極めて低レベルのアルコール値だけを対象とし、コンマ01秒ないしコンマ001秒の反射速度の違いを、交通事故につながる可能性にこじつけていることが分かるはずだ。

クレージー・ドクター

クレージードクター病巣があるなら、その病巣に限定した治療をおこなうのが医療の基本である。

同様に、社会に病巣があるなら、その部位と様態を特定し、ピンポイントで処置することが望ましい。

さて、飲酒運転クライシスに突入する前の悲惨な事故には、次のような傾向があった。

  • 殺傷力の高い大型トラックによる事故が頻発していた。
  • 問題となった事故の運転手は常習的に飲酒運転を行なっており、事故当時は酩酊状態だった。

そのほかの傾向として、今も昔も、高速道路では一切の飲酒運転取り締まりが行なわれていない。それゆえ、高速道路で飲酒運転をしても、捕まることがないことを、長距離トラックのドライバーなら誰もが知っている。

ただし、警察が路線毎の検挙数と執行部隊別のノルマを明らかにしないため、だれもその証拠を提示することはできない。

ついでに夜間の高速道路の現実

深夜には、速度取締りもほとんど行われていない。それゆえ、深夜の道路秩序は、ドライバーの良心によってのみ成り立っている。

深夜ならずとも、行楽帰りのクルマが帰宅を急ぐ日曜の夜、高速道路の上り車線は、規制速度とはかけ離れた速度で流れている。そして、ドライバーらは、その時間帯に取締りが行われないことを経験的に知っている。

クレージードクター_直結とにかく、病巣が発生した原因は、弱肉強食の取締りによって交通ルールに対する意識に温度差が広がっていることにある。それにもかかわらず、取締りの手法を見直すこともなく、ただ大きな網をかけての罰則強化で、どちらかといえば健常な細胞を、ごっそりと摘出しているのが現実だ。

問題なのは、病巣が取れているならまだしも、病巣とは違う部位の健常な細胞ばかりが摘出されていることだ。見え透いた大きな網に賢いガゼルの成獣は捕まらないのである。

手術成功!それなのに、ドクターは「悪質性・危険性の高い病巣を取り出した結果、患者は健康に向かいつつある」とする自画自賛のコメントをマスコミを報道させている。

おそらく、ドクターは、治療方法が誤まっていたことを認めることはできないはずだ。

なぜなら、このドクターに医者としての倫理はなく、メディア戦略だけで権威を取り繕っているからだ。そして、その効果を失ったら、権威が失墜することをドクター自身もよくわかっている。

適切な治療を行なっていれば、起きない事故はこれからも続く。はたして、このクレージー・ドクターに、権力というメスを持たせたままでよいのだろうか。

執筆者プロフィール

野村 一也
ライター
 創世カウンシル代表

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