85パーセンタイル速度と規制速度の関係

取締りの警察官

日本の速度規制には科学的根拠がない

国家公安委員長が疑問を向けた道路は、「歩行者が出てくる危険性もない道路」である。

誇張されたデータなのに、第3回交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会(2013.11.14)で警察庁が提出した資料2では、5より8ページに歩行者が横断する道路を想定し、クルマが人にぶつかった場合を示し、速度の危険性を強調している。9ページ以降においても事故に触れた箇所はすべて対歩行者事故の存在が前提となっている。

第4回目の同懇談会(2013.12.5)においても、警察庁は、第3回目と全く同じデータを資料3の6より8ページ織り込んだ。6ページと7ページは第3回の資料2と同じもので、飛び出してきた歩行者と衝突した場合の危険性を強調したものである。

なお、本電子文書においては、web上の電子文書を証拠とするにあたって、wayback machineに保存されたデータへのリンクとし、アイコンとしてwayback machine アイコンを付与する。これはリンク切れや改変を防止するための措置である。

同懇談会で使用された資料等は、警察庁交通局の新着リスト(リンク先は2013.12.12時点のもの)で恒久的に引用可能である。ただし、その時点の新着リストに同年12月26日付けの提言は記録されていないので、以下に記す。

交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する提言資料(その1その2その3その4

このように警察は、クルマと歩行者の事故を強調することによって、規制を正当化し、取り締まりの必要性を強調しがちである。しかしながら、高速道路のような幹線道路と生活道路を一緒にされては、科学的な議論を阻害するだけなので、ここからの内容は、「歩行者が出てくる危険性もない道路」に限定して話しをすすめる。

下図左は、一意の道路区画を走行するクルマの分布を示した。下図右は後述するソロモンカーブに基づく事故リスクを示す。なお、平均速度が50パーセンタイル速度を下回っているのは、本件速度取締りの舞台となった横浜環状2号線における、超音波車両感知器の2013年5月のデータを参照した。

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50パーセンタイルとは、すなわちその道路区画を走行する車両の平均速度である。「流れに乗って走っていたら、規制速度を超えていた」と感じる道路は、概ね規制速度が50パーセンタイル速度を下回っている。

85パーセンタイル速度

争点は速度規制の合理性と取締りの妥当性に示したとおり、法定速度にも、法定速度の正当性の一翼を担う道路構造令上の「(法定)設計速度」にも科学的な根拠はない。一方、パーセンタイル速度は統計的な根拠を持つ。85パーセンタイル速度は、全体の85パーセンタイルが含まれる速度の値であり、いわば、道路ユーザーの良識を数値化したものである。

ソロモンカーブ

ソロモン・カーブ

1964年にアメリカのデイビッド・ソロモンが発表した車両走行速度毎の事故に関与する確率曲線。ソロモンは、1万件以上の事故データを基に、道路・運転者・車両の特性から、事故に関与する確率に関する総合的な研究を行った。

ソロモンカーブは、速度が速いことが事故の要因に直接関係していないことを示すために、(日本以外では)しばしば引用されている。また、ソロモンカーブは、日本のドラバーやライダーがはがゆいまでに感じている、次の2点を如実に示している。

  • 危険なのは速度でなく速度差である
  • 規制速度という任意の値を超えたからといって危険ではない

ソロモンカーブは、現在でも欧米で交通工学に応用されている。下図左はアメリカの記者が引用したもの、右はイギリスのドライバー団体が引用したものである。双方とも赤い線がソロモンカーブであり、帽子状の曲線は、速度毎の分布を示したものである。双方に共通しているのは、帽子の頂点、つまり平均速度より高い速度で走行する車両の事故リスクが小さいということだ。最初の右図で真ん中より少し上側が薄くなっている(安全を示している)のは、ソロモンカーブを投影したからだ。

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※左図のリンク先「STREETSBLOG」の記事の論調は、「ソロモンカーブは住宅街の歩行者を考えていない」といった論調であるが、これは失当である。そもそもソロモンカーブは、住宅街ではなくハイウェイを想定したものある。同様に高速道路のような幹線道路がいたるところに整備された日本で、幹線道路と住宅街の生活道路を一絡げに論じることは、交通工学的に意味がない。

警察は事故リスクの小さな違反ばかりを取り締まっている

最初の挙げた図表の右に、警察が行っている速度取締りの傾向を配置した。acdnt_strct3

警察庁が全国一律に適用している時速60キロメートルという法定速度がシーリングとなり、規制速度が平均速度さえ下回っている道路は無数に存在する。もちろん、取締りの対象に超過の上限はないが、取締り対象の下限速度に近いほど、対象となる車両は多い。上右図はそのことを分かりやすく示したものだ。このように、警察は、平均速度をちょっと上回った程度の、事故リスクが小さな違反に対し、警察力を行使しているのである。

ソロモンカーブも含めて、ここまでの内容は、日常的に運転を行う誰もが感覚的に知っていることである。それらが世論にならないのは、恐怖に訴える論証を多用した警察広報の効果だといえる。

警察広報の効果警察は、悲惨な交通事故を持ち出しては、人々に恐怖と先入観を植えつけ、「交通違反は犯罪だ」「悪質な違反は許さない」などと、恐怖に対する対応策が警察の交通取り締まりであることをアピールする広報を盛んに行っている。こうしたセンセーショナルな警察広報は、もともと情緒的な日本人の不安を煽り、「厳罰化やむなし」の風潮を形成する原動力となっている。道路交通の現実を知らない運転者は、警察広報を素直に消化してしまうからだ。そして、人々の不安は、加害側、つまり車両運転者への敵意となっている。悲惨な事故によって惹起させられた「かわいそう」という感情は、ラジカルな言動さえ正当化させ、車両運手者への敵意に容易に変換されてしまうからだ。

冒頭に挙げた第3回交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会において、公安委員長が「歩行者のいない道路」を前提としていた発言が発端であるにもかかわず、警察庁は歩行者のいる道路を一緒くたにした資料を提出した。これこそが、恐怖に訴える論証を作用させるためだといえる。

逆にいえば、恐怖に訴える論証の効果を排除できたなら、が言えるようになるはずだ。

警察がひた隠す

以上のとおり、規制速度が妥当性を科学的に判断するため、それから、ドライバーやライダーが納得できる規制と取り締まりを実現するために、最も重要なのは、それぞれの道路における車両の速度と取締りのデータである。本サイトおよび本件訴訟においては、神奈川県内で県警が好んで取締りを行う道路区間をピックアップし、超音波車両感知器が記録する速度データ、それから事故の発生件数と取締りの件数の情報開示請求を行った。

本件訴訟の舞台となった横浜環状2号線の区間は、過去3年間に人身事故がたったの年間1件しか発生していない区間であった。そして、規制速度時速50キロに対し、超音波感知器による平均速度は、時速70キロを超えていることが判明した。速度データの正確性については争いがあるが、安全な道路なのに「取締りのための取り締まり」が行なわれていることをある程度、証明できたと思われる。

<a href="https://protest.web-pbi.com/wp/wp-content/uploads/2013/11/8ae117abfbba52810d642d784cd82487.pdf" target="_blank">ちなみに、速度データは露骨な公開拒否にあいながらも何とか取得したが、取締り件数については、県警の頑なな公開拒否でなにも取得できなかった

情報公開請求の過程を音声や動画で記録したのは、これらのデータを警察が公開拒否することが容易に推測できたからである。警察が公開拒否したことの正当性は、追って訴訟でも追求するが、情報公開請求の過程において、神奈川県警は、あるものを「ない」として非公開にしたり、存在を確認して請求しているのに、目的物をすり替えたり、ただ「ない」の一点張りであったり、理由にならない拒否理由をあげてみたり、その拒否理由に正当性がないことを指し示すとまた「ない」の一点張りに戻ったり、やっと出したと思ったら真っ黒に塗りつぶされていたりと、さまざな手段を用いて、原告の知る権利を阻害した。

原告が各種の情報開示を神奈川県警に求めたのは、取り締まりの妥当性を推し量るためである。取り締まりの妥当性とは、すなわち、警察法第2条の定める警察の活動が、その責務の範囲を超越して行われているか否かを判断することである。

本件訴訟における証拠とするため、原告は、神奈川県警交通規制課・交通指導課に対し、複数の情報公開請求をおこなった。2013年(H25)10月3日、同年10月20日には、次の情報開示を請求した。

2013年(H25)10月3日
1.平成19年から平成23年の各年度の速度違反検挙件数
(1)港北弊察署の横浜環状2号線(主要地方道17号線)における違反登録数
(2)第一交通機動隊の横浜環状2号線(主要地方道17号線)における違反登録数
(3)磯子警察署の国道16号および国道357号線における違反登録数
(4)金沢警察署の国道16号および国道357号線における違反登録数
(5)第一交通機動隊の国道16号および国道357号線における違反登録数
2.平成19年から平成24年の警察情報管理システムに登録された一件別データ

2013年(H25)10月20日
1過去5年間における各年度の速度違反検挙件数
港南警察署の横浜環状2号線(主要地方道17号線)における違反登録数
21について、警察情報管理システムに登録された一件別データ
32005年から2012年における第一交通機動隊の車種別違反別検挙状況車種別違犯別検挙状況

このふたつの請求に対し、同年11月20日、神奈川県警は公開拒否を行った。その拒否理由は同じで、次のとおり。

  1. 本件請求に係る主要路線別違反別検挙状況は、交通指導課から各所属へ保存期間を定めずに配布した文書であり、港南警察署については廃棄したため存在しません。
  2. 本件請求に係る電磁的記録については、現行のプログラムでは出力できないため、公開することができません。

そもそも原告が求めているのは、電子記録であって、紙の記録ではない。また、データベースのデータは、プログラムを組まなくとも出力させることは可能である。そして、これら主要路線別違反別検挙状況は、国家公安委員長でさえ指摘した「取り締まりのための取り締まり」が行われているか否かを判断する基本的な情報である。それゆえ、本件訴訟において、改めてその開示を求める。

説明責任を拒絶する警察

情報公開に対する後ろ向きな姿勢と同様に、警察官は、記者クラブ以外の取材を徹底的に拒絶しようとする。左の動画は、2013年11月3日に本件取締り区間と同等の場所で、速度取り締まりを行う警察官に取材を試みたときのものだ。

カメラを向けられた警察官は例外なく「取材はできない」といって撮影を止めさせようとする。しかし、だめな理由をちゃんと説明できる警察官はいない。この動画でも、神奈川県警港北警察署の交通総務課ワタナベ係長が持ち出したのは、プライバシー問題と公務執行妨害であり、それは警察官を撮ってはいけない理由にはならない。

以上のとおり、悲惨な事故をなくすため、という目的を強調するばかりで、神奈川県警は、本当に効果が見込める場所でやっているのかどうかをデータで示そうとはしない。また、取締り現場の様子を撮られることも理由にならない理由で拒絶している。表向きにはカッコいいことばかりなのに、説明責任が欠如してるといわざるを得ない。

道路ユーザーは取締りに妥当性がないことを知っている

一方、取り締まりを受けるドライバーとライダーの不満をありていに言えば、「取締りに妥当性が感じられない」ということにつきる。毎週のように通る道路において、速度取締りが行われているのは、規制速度が実勢速度と乖離したいつもの同じ道路、しかもそれが事故の多いとは言えない場所なのである。

クルマやオートバイを日常的に運転する者には、毎日ないし毎週のように通る道があり、それぞれの道路の実勢速度を体感的に知っており、それが規制速度より早く流れる区間もよく分かっている。また、警察が速度取締りを行う場所も知っており、そこが事故が多い場所なのかどうかは、それぞれが経験的に評価している。

警察が速度取締りを行う場所は、全国ねずみ取りマップで広く公開されているし、市販のレーダー探知機にも、それが記録されている。

日常的に運転を行うドライバーとライダーは、そんな取締りが「交通事故をなくすこと」に効果があるとは思っていない。ただ、警察がそれを判断する材料を、ドライバーとライダーに提供しないから、が言えなくなっているに過ぎない。

手段の目的化(取締りのための取り締まり)を否定しない警察

国家公安委員長でさえ「取締りのための取り締まり」を指摘した。

原告の観察においては、神奈川県警は横浜環状2号線、国道357号線の決まった場所で、恒常的に速度取締りを行っている。そして、それら原告の観察が正しいのかどうかを知るために情報公開請求をおこなった。それに対し、請求段階で徹底した出し渋りを行いようやく出したものは、まったく用をなさないまでに真っ黒に塗りつぶされていた

神奈川県警は非開示の理由として次のとおり記している。

  • 交通違反取締事務に支障を及ぼすおそれのある情報に該当するため。
  • 犯罪の捜査、その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれのある情報に該当するため。

交通違反取締事務とは、すなわち交通取り締まりのことだ。影響や支障を及ぼすもなにも、先に述べたとおり、取り締まりポイントは周知されている。そして、多くのドライバーとライダーは、速度取り締まりに妥当性がなく無意味だと思っている。それが説得力を持つことができないのは、警察が説明責任を拒絶するからだ。

執筆者プロフィール

野村 一也
ライター
 創世カウンシル代表

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