竹内結子の自殺報道と江戸時代の死因究明
偽装殺人の頻発と芸能人の連続不審死
今世紀初頭、おぞましい北九州連続監禁殺人事件をはじめ、事故や自殺を偽装した殺人が頻発したことなどから、犯罪死見逃しの問題が指摘されるようになった。
2009(H21)年、日本法医学会は「日本型の死因究明制度の構築を目指して」を提言し、日本の死因究明制度の欠陥を指摘した。これが日本の死因究明制度見直しの始まりである。提言は、初動段階における警察の問題を次のように指摘した。
我が国の死因究明制度は、あくまでも警察による犯罪性の有無という観点から成り立っているため、犯罪性がないか、または、当初極めて低いとみなされた事例については、詳細な解剖がほとんど行われていない、という決定的な欠陥を有しているのである。
日本型の死因究明制度の構築を目指して
2013年には、千葉大学大学院 医学研究院 法医学教室 石原憲治教授が次の指摘をした。
極論すれば江戸時代の検死が警察官によって続けられていたと言ってよい。
法医学と検死の歴史
この記事は、竹内結子さんのケースを参照に、現代日本の検死が、江戸時代の検死から脱却したのかどうかを評価する。
竹内結子さんのケース
警察と報道は、断定は避けながらも、速報段階から竹内結子さんの自殺を決め付けた。
俳優の竹内結子さんが都内の自宅で死亡しているのが見つかりました。 40歳でした。 警察は自殺の可能性もあるとみて調べています。 警視庁によりますと、竹内さんは昨夜遅くからきょう未明にかけて死亡したとみられ、現場の状況から自殺の可能性が高いということです。 警視庁が、経緯を詳しく調べています。 竹内さんは数多くのドラマや映画に出演していて、日本アカデミー賞の優秀主演女優賞をこれまでに3度受賞していました。 ご覧いただいているのは現在悩みを抱えている人のための相談窓口です。 こころの健康相談統一ダイヤルは0570-064-556 いのちの電話は0120-783-556です。
死亡からわずか3日で火葬
- 9月27日午前2時前、自宅マンションで、ぐったりしているところを、俳優の夫が見つけた。竹内さんは、駆けつけた救急隊員により病院に運ばれたが、まもなく死亡が確認された。
- 同日午後2時20分頃、警視庁渋谷署から、この場所に程近い斎場に運ばれた。
- 9月28日 (追悼以外に報道はない)
- 9月29日 (友引に葬儀はしない)
- 9月30日、所属事務所スターダストのが公式ホームページで「ご親族と相談のもと、本日家族葬を執り行わせていただきました」と報告した。
模倣自殺の防止
極めて情報の少ない死亡速報のあと、追加情報が報道されることはなかった。一方、三浦春馬さんの後ということもあり、他殺を疑う声は少なくはなかった。まるで他殺を疑う声を打ち消すかのように、怒涛の自殺防止広報が繰り広げられた。それは厚労省のお願いによるものである。しかしながら、模倣自殺の防止が自殺偽装殺人の疑いを覆い隠す現状は 明らかに順番が違っている。
本日 9 月 27 日、女優の竹内結子さんが逝去され、死因が自殺である可能性があるとの報道がなされています。著名人の自殺に関する報道は、子どもや若者、自殺念慮を抱えている人に強い影響を与え、「後追い自殺」を誘発しかねません。メディア関係者各位におかれましては、以下の点にご留意いただき、WHO『自殺報道ガイドライン』を踏まえた報道に徹するよう、お願いいたします。
名人の自殺に関する報道にあたってのお願い(令和2年9月27日)[PDF形式:773KB]
有名人の不審死における検死の事例
竹内結子さんに対しては、三浦春馬さんの時と同様、死亡から3日後のスピード葬が行われた。神田沙也加氏も3日後に火葬されたことから見れば、どうやら日本の警察は、不審死を、速報段階で「事件性なし」を示唆し、速やかに火葬することをセオリーとしているようだ。
ここで、日本警察のやり方が正常なのかどうかを考えるために、世界的な歌手ホイットニー・ヒューストンがホテルで不審死を遂げた際の情況と比べてみたい。
- 速報段階(2012年2月11日)
- ホイットニー・ヒューストンは、ビバリーヒルトンホテルのスイート434号室の浴槽に沈んでいたところを関係者に発見された。15時30分に救急隊員が到着、蘇生を20分間行ったが、15時55分に死亡が確認された。
- 詳細な報道(2月13日付けの報道Los Angels Times February 13 2012)
- ビバリーヒルズ警察は、「彼女が浴槽の水の中に沈んでいて、意識はなかった」と発表したが、「死因は、推測も含めて言及できない」と述べた。
- ホテルの部屋にはいくつかのドラッグが見つかったが、検死局のスタッフは、薬の影響に言及するのは尚早であると言った。
- ロサンゼルス州検死局のスポークスマン、エド・ウインターは、すべての検査が完了するまで、死因は特定できないと言った。
- 当局は、死因の特定には数週間かかると言った。
- ビバリーヒルズ警察は、この事案の詳細が外部に漏れないよう警備した。
- 検死結果を公表(2012年3月22日)
-
ロサンゼルス州検死局は、ヒューストンの死は、「アテローム性動脈硬化症とコカイン使用の影響」の影響による偶発的な溺死であると報告した。
4月5日、ロサンゼルス州検死局は、42ページの最終報告書を公開した。
- 速報段階(2022年9月27日)
- 竹内結子さんが都内の自宅で死亡しているのが見つかりました。 警察は自殺の可能性もあるとみて調べています。 警視庁によりますと、竹内さんは昨夜遅くからきょう未明にかけて死亡したとみられ、現場の状況から自殺の可能性が高いということです。
- 詳細な報道(2020年10月14日女性セブンの記事より)
- 捜査関係者によれば、竹内さんの遺体は搬送先の病院で死亡が確認された後、警視庁渋谷署に移された。その際の対応は、一般的なケースとは異なるものだったという。
- 捜査関係者によれば、竹内さんは国民的な女優です。万が一経験の浅い警察官が“他殺の可能性も”などと言い出すと、大騒ぎになってしまうため、今回は所轄の渋谷署だけでなく、警視庁本庁にも連絡がいきました。
- 捜査関係者によれば、捜査のトップといえる刑事部長自らが渋谷署に駆けつけ、徹底的な情報統制が敷かれた上で、素早く自殺だと断定されました。それだけ重大 な事案だと判断されていたのです。
- 捜査結果はいっさい発表されない
- 検視後、医師に検案を依頼した段階で、警察は「事件性なし」を判断したことになる。しかし、検視において「事件性なし」を判断した根拠は、いっさい発表されなかった。そして週刊誌は、自殺理由を詮索する記事ばかりを掲載した。
「竹内結子さんのケース」タブを選択し、ホイットニーヒューストンのケースと比較すると、法医学者らが「決定的な欠陥」あるいは「江戸時代の検死」と評したままの検死を竹内結子さんにしたことが分かるはずだ。
竹内結子さんの検視はどのように行われたか
死亡から3日後の9月30日、所属事務所のスターダストは、すでに密葬が終わっていることを発表した。
なお、火葬するためには、医師の死体検案書が必要である。竹内さんの報道においては、死亡速報の後は何も追加報道はなく、3日後に葬儀完了が報じられた。
死因を確定するための検死がどのように行われたのかは、全く報道されていない。ただし、2020年12月14日付け女性セブンの記事によれば、竹内さんの遺体は、行政解剖を行う東京都監察医務院にも、司法解剖を行う大学病院にも行かず、渋谷警察署から斎場に直行しているようだ。そのことは、渋谷警察署で検視が行われ、そこで警察官が死因を判定したことを示している。東京都監察医務院の医師も渋谷警察署で検案を行ったはずだ。
なお、法律上の手順としては、警察が検視で「事件性なし」と判断し、その次に検案が行われることになっている。実務上、検視と検案を一緒くたにされているとしても、警察が検案(=死体検案書の発行)の依頼をするのは、警察が「事件性なし」を判断した場合に限られる。
つまり、スピード葬が可能となるのは、警察が早々に「事件性なし」を判断し、医師に検案(=死体検案書の発行)を依頼し、死体検案書が発行されたからだ。
竹内結子さんのケースにおける、密葬までのフローは次のとおり。
検死制度の分岐点となる「検視」
ところで、「検視」と「検案」、それらを包括する「検死」といった基本的な言葉の違い扱いを、専門家さえ誤用しているケースは少なくない。特に「検死」と「検視」は、ともに「ケンシ」と読むため、混乱させられがちだ。
「江戸時代の検死が警察官によって続けられていた」
千葉大石原教授の言葉に示される「検死」は、「検視」を中心とした検視制度全体を指している。現代の検死制度においても、自殺か、それとも他殺なのかを警察官が決める分岐点は、上掲の図の中央にある「検視」である。
検視が警察官だけで行われている事実を示す文書を請求
報道が統制された竹内結子さんに対し、三浦春馬さんのケースでは、多くの報道がなされ、他殺疑惑が噴出していた。警察が自殺を判断するプロセスを明らかにするため、警視庁に情報開示請求をするための打合せを何度も行っていた。
そうした中、竹内さんの死亡が報道された。打合せを重ねていた情報開示請求を行ったのは、竹内さんの密葬が行われた9月30日であった。筆者が情報開示で明らかにしようとした内容は次のとおり。
東京23区においては、検視における医師の立会いは、いっさい行われていない。※「(検案のための)東京都監察医務院の監察医が検視の立会を同時に行っている」という警察の主張は、詭弁に過ぎない。
それを証明するため、警視庁に請求した文書は以下のとおり。
検視規則第5条の定める代行検視について、警察署長が医師の検視立会を求めた場合に支払われる謝金の単価と件数ならびに合計額。ただし、過去10年間の年別データを含み、23区内とそれ以外が区別されているものであること。(補正後の請求概要)
異例の開示延長を経て、ようやく文書が開示された
竹内さんの密葬が行われた9月30日に請求を行い、警視庁の求めに応じ2度の補正を行った。通常2週間で実施される開示決定は、2か月間に延長された。その理由は「開示請求に係る公文書は、開示・非開示等の判断に時間を要する」とされた。
11月16日、ようやく開示文書が届いた。さっそく書類をチェックすると、次の2点に問題を感じた。
- 検視立会い謝金を請求したのに、検案謝金と題された文書が開示された。
- 「23区内とそれ以外が区別されているものであること」と指定して、請求したにもかかわらず、区別するための取扱署が黒塗りとされた。
そこで、請求したものと異なる文書を開示した理由を、警視庁に電話で聞いてみた。
警視庁に黒塗りの理由を確認
警視庁刑事総務課の警察官は、「東京都監察医務院の監察医は、検案の前に検視立会を行っている」と繰り返すばかりだ。
メディア仕掛けの社会秩序 Part 2
芦名星さんと竹内結子さんで確立され、神田沙也加さんでも踏襲された報道スキームを図表にした。
自殺に懐疑を抱いても、それを客観的に説明することはできない。報道が自殺を決め付け、警察がいっさいの捜査情報を発表しないからだ
だから、自殺懐疑派は、客観的な理由を自ら用意しなければならない。多くの場合、それは根拠のない主張となり、陰謀論として一蹴される。
こうして、警察が主導する死因の究明は、江戸時代の検死はそのまま、マスメディアを利用することにより、さらに質の悪いものに成り下がっている。
ニュース報道は警察発表のたれ流し
刑事訴訟法の第一の目的は、国家が犯罪者に刑事罰を科すことによる治安維持である。それによって、憲法の保障する生命、自由および幸福追求に対する国民の権利は尊重される。(日本国憲法第13条)
三浦春馬さんをはじめ芦名星さん、竹内結子さんらと続いた芸能人連続不審死に対し、多くの人々が違和感を感じているにもかかわらず、断定こそしないものの、報道は自殺の一点張りであった。誰もが自殺に納得いく情報が報道されるならそれでもよいだろう。しかしながら、典型的な偽装殺人の手法「首つり」以外、何ら自殺を裏付ける情報は報道されなかった。そして、警察は、捜査もせず「犯罪性なし」を判断し、断片的な情報をマスメディアにリークし、マスメディアはそれをセンセーショナルに報道した。こんなことは、他の民主的先進国ではあり得ないことだ。
記者クラブが報道の自由を阻害する
日本は、自由民主主義国で構成される国際会議G7の構成国でありながら、世界報道自由度ランキングでは常に低迷している。2021年度のランキングで日本は67位で、前年よりさらに後退した。日本が低迷する原因として、誰もが筆頭に掲げるのが、記者クラブによる報道の閉鎖性である。
なお、警察の記者クラブが他の省庁の記者クラブよりマスメディアに重視されるのは、警察が閉鎖的だからだ。閉鎖的で情報を外に出さないから記者クラブの存在意義が高まるのである。
残念なのは、どれほど警察が堕落しているとしても、この国が民主主義の法治国家である以上、私たちには警察の捜査を求めることしかできないことだ。
もっと残念な問題は、マスメディアと警察のなれ合いによって、憲法の保障する『生命の自由』が脅かされている事態さえ、社会の問題として認知されていないことだ。
執筆者プロフィール
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