三浦春馬氏の死因が究明される可能性

認知数を減らせば、検挙率は上がる

前の記事「三浦春馬氏は自殺か?他殺か」で示したのは、検挙率を高く見せるために、警察が意図的に認知数を減らしているという指摘である。

そのことは、警察発表だけでなく、厚生労働省のデータを参照しながら「殺人天国」に詳しく考察しているので、参照してほしい。

警察は殺人事件の検挙数を100パーセントと発表し続けている
警察発表の図表に最新のデータを追加した

三浦春馬氏の事案については、著名人と言うこともあり、ファンの方々から真相究明を望む声があがっている。しかし残念ながら、所属事務所はさておき、国(警察庁)にとって、ファンの声は、利害関係のない他人に対する一方的な思いに過ぎない。それは「個人の問題」に過ぎず、その声が何万人集まったとしても、国(警察庁)が動くことはありません。

公安委員会に実態はない

<補足>警察は全国一律

警視庁をはじめとする都道府県警察は、警察庁の子会社と化している。それゆえ、国(警察庁)が制定する全国一律の運営方針の枠を外れる判断を、警視庁がすることはありません。

真相究明/死因究明
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国(警察庁)を動かすには、「個人の問題」ではなく、「社会の問題」として扱う必要があります。なぜ、三浦氏を扱った警官らが、犯罪死の見逃しを広く疑われるような処置しかしなかったのか。もし、警官らが犯罪死の見逃しを防ぐための基本的な作業をしていないとしたら、それは「社会の問題」になり得ます。そして、警官らが三浦氏に為した対応に問題があり、それが広く当たり前に行われているのであれば、「大きな社会問題」となり得るのである。

なぜなら、犯罪死の見逃しを抑止することは、国の課題であるからだ。その第一歩として、2012(H24)年に死因究明二法(警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律と死因究明等の推進に関する法律)が成立した。

死因究明二法は2年間の時限立法であっため、2019年6月には、死因究明等推進基本法が可決された。これは、2020年4月1日から施行されている。まさに今、死因究明二法の成果を踏まえて、新しい法律をどう運用していくのかを、検討すべき時期なのである。

以上の理由から、この記事では、三浦春馬氏のケースを具体例としながら、日本の死因究明制度が有効に機能しているかどうかを考えていきたい。

死体の事件性を判断するプロセス

娯楽作品の場合

多くの刑事ドラマや映画は、警察官や刑事による被疑者の逮捕でエンディングを迎える。未解決事件ではドラマにならないし、事件性が見落とされれば素材にさえならない。

だから、娯楽作品を見慣れた目で現実の事件を見ると、つい、自分が名探偵になって、事件を解決に導こうとしがちだ。

現実の法制度

警察法第2条は、警察の責務を、犯罪捜査と被疑者の逮捕であると規定している。

犯罪捜査規範第2条は、「捜査は、事案の真相を明らかにして事件を解決するとの強固な信念をもつて迅速適確に行わなければならない。」と明文化されている。

つまり、警察法と犯罪捜査規範は、「被疑者の逮捕」を『事件解決』と規定している。その先は、検察と裁判所に委ねられるので、とうぜん2法の範囲外なのではあるが、安っぽい刑事ドラマの主人公が口にしそうな『事件解決』が法規の条文とされていることには、違和感を感じる。

<参考>事実上の報道統制

事実上の報道統制
記者クラブを利用した報道統制

批判されることはあっても賞賛されることのない日本独自の取材制度が記者クラブである。

各都道府県の警察本部庁舎には、記者クラブ専用のラウンジが存在し、そこに行けば、大衆の興味をそそる事件ネタを得ることができる。こうして、警察に飼われる記者たちは、自ら取材することを忘れ、ひたすら警察発表を垂れ流す作業を行う。

その一方、警察は、記者クラブ以外に決してネタを流そうとはしない。警察の記者会見にも、記者クラブの所属記者以外は参加することはできない。

このように、日本の警察は、事実上の報道統制をおこなっている。記者クラブを例外とした報道統制に協力する見返りとして、警察から大メディアへ、安定的な事件ネタの提供がなされるのである。

以上のとおり、制度面においても、広報面においても、「被疑者の逮捕」=『事件解決』とされている。三浦氏のケースのように、検視段階で、警察が「事件性なし」と判断することは、事件(捜査すべき案件)にさえならない。次に示す(事件の)認知数としてカウントされないのである。

殺人事件はすべて解決されている?

被疑者が逮捕されないケース

認知数を減らせば、検挙率は上がる

警察が発表する「殺人事件の検挙率がほぼ100%」というのは、被疑者が逮捕されない事件は概ねゼロということを意味する。

しかしながら、「三浦春馬氏は自殺か?他殺か」と「殺人天国」に示したとおり、警察統計は偽計を疑わざるを得ない。

その信義はさておき、逮捕されないケースが、社会にとって望ましくないのは明らかある。そして、警察庁が偽計を疑われるような統計を作るのは、未解決事件の殺人犯がのさばっている状態が望ましくないからだ。

犯罪死の見落とし

犯罪死なのに、それを自殺や事故死と認定してしまうことは、もっと大きな社会問題である。なぜなら、殺人犯は罪を問われないばかりか、犯行を重ねる可能性があるからだ。

事実、ともに2009年に発覚した婚活連続殺人事件鳥取連続不審死事件では、自殺偽装が成功し、犯人は次々に殺人を重ね、そうして大量殺人事件となっている。

自殺や事故にされてしまう被害者名誉の汚辱、遺族の無念、それが複数の対象に繰り返される可能性を考えると、犯罪死の見落としは、決してあってはならないことである。

では、犯罪の疑いのある死体が、どのように扱われているかを確認しよう。

2019年の図表2012年の図表
厚労省が2012年に警察庁が作成した図表をベースに作成した図表
警察庁が作成した「警察における死因究明等の推進」より抜粋

三浦春馬氏が搬送された済生会中央病院は、継続的に診療していたのではなく、救急搬送されただけなので、死亡診断書を作成することはできない。まず、検視(刑事訴訟法)にて犯罪性の有無が判断され、その後、検案(医師法)にて死体検案書が作成されることになっている。つまり、検視されるのは、警察が犯罪性を疑っているからではなく、単に法律で決まっているからだ。

検視の後、三浦春馬氏の遺体が解剖されたという報道はないので、検視の結果、三田警察署は事件性なしと判断したことになる。なお、変死体とは、犯罪に起因する死亡でないことが明らかではない死体のことである。

作業(検視・死体見分・検案)、実施者(警察官と医師)が分かりにくいので、後述する検視・死体見分・検案はいい加減の項で整理した。

ここで警察が扱う死体(自殺死・犯罪死ほか)の件数を確認しよう。

増加の一途をたどる変死体

警察庁が作成した「警察における死因究明等の推進」より抜粋

三浦春馬氏が自殺偽装殺人の被害者である可能性を考察するためには、少なくとも犯罪が疑われる死体の数を見る必要がある。自殺統計だけを引用した考察では、問題の全体像は見えない。

えっ?!こんなのが自殺…(絶句)

三浦春馬氏の自殺報道を見て、他殺を疑う人は少なくない。しかし、疑うどころか、「これが自殺?!」と絶句するようなケースさえ、警察はよく自殺で処理している。自殺困難をうかがわせる状況なのに、警察が「自殺」で処理したケースは「エクストリーム自殺」と呼ばれている。

(2011年)大阪府羽曳野市野で漬物石を詰め込んだリュックを背負い、両手と両足がヒモで縛られた状態の71歳の女性がため池に浮いて死亡しているのが発見された。老女が自分一人でやるのは難しいようにも思えるが、こちらも「ヒモは自分で結べる縛り方だった」「自殺をほのめかす遺書があった」として、警察は自殺と判断している。

近年では、2011年に境港市の廃業したガソリンスタンドの事務所の屋根で20~30代の女性の遺体が見つかった事件が有名だ。首にはナイロン製のロープが5重に巻かれ、死因は窒息死。屋根の約1メートル上にあったクイのようなものにロープを引っかけて自殺した可能性はあるが、遺体は靴を履いていないにもかかわらず、屋根には1種類の靴跡が残されていた。現場は目立たない場所で人の出入りはなく、周囲で靴は見つかっていない。だが、結局は「争った形跡がない」「他殺なら遺体を3メートル上に運ぶのは困難」として自殺と判断されている。

ガソリンスタンド屋上死のケースは、身元不明者の自殺として処理された。その死亡を知らない家族が、行方不明者届を出したことから、死体の身元が判明し、捜査が開始され、そして殺人事件となった。

2011年境港市ガソリンスタンド殺人事件の判決」によれば、後に自殺偽装が行われてたことが明らかとなっている。

近年発覚した連続偽装殺人事件

北九州監禁殺人事件の発覚(2002年)
主犯の男が20年に渡り、親族や愛人・知人に監禁と虐待を繰り返し、9人殺害に関与したとされる事件。うち7人に対しては、ノコギリとミキサーで死体を刻み、海や公衆便所に捨てて証拠隠滅を図った。

鳥取連続不審死事件の発覚(2009年)
詐欺で逮捕された女性の周囲で6人の不審死があったことから、うち2件が殺人で起訴されたが、偽装殺人の疑われる事件では起訴されなかった。

首都圏連続不審死事件(婚活連続殺人事件)の発覚(2009年)
婚活を利用した詐欺で、複数の男性から大金をだまし取った。2年間に6人の殺害が疑われている。

尼崎連続変死事件の発覚(2012年)
25年間に10人以上の死者・行方不明者が発生した連続拷問殺人死体遺棄事件。被害者やその親族、近隣住民など、合計約50件にものぼる警察への通報や相談があったが、その多くは、身内同士の金銭トラブルや暴行などの事案ということで、事件性がない、などとして適切な対応がとられることはなかった。

関西青酸連続死事件の発覚(2013年)
死亡した高齢男性の司法解剖で青酸化合物が検出されたことから、死亡の1ヵ月前に婚姻した妻Xが捜査の対象となり、Xの周辺で男性10人が死亡し、総額で数億円の遺産を受け取っていたことが判明した。

大口病院連続点滴中毒死事件の発覚(2016年)
入院患者の点滴に薬物を注入し、およそ3か月の間に48人の死亡に関与したことが疑われている看護師による大量殺人事件。

川崎老人ホーム連続殺人事件の発覚(2016年)
わずか1ヵ月程度の短い期間に、3人が同じ場所への転落死を、当初警察は事故扱いし、捜査をしなかった。事件発覚から10か月以上経って後、他殺疑惑が報道され、捜査が始まり、病院職員が逮捕された。

警察発表の仕方に問題のあった殺人事件

栃木リンチ殺人事件の発覚(1999年)
栃木県警の警部補の子息Sをリーダーとするリンチ殺人事件。
殺害される前、被害者の両親が9回もの捜査依頼を受けながら、栃木県警はこれを事件扱いしなかった。リンチによる傷があまりにひどいので、発覚を恐れたSは被害者を首を絞めて殺害し、山林に埋め、その穴にコンクリートを流しこんだ。
共犯者の自首により、ようやく事件とされ、被害者は変わり果てた姿で発見された。しかし、警察発表に「リンチ」があったことは示されず、被害者は「元暴走族」とされた。新聞が、警察発表をそのまま報道したため、事件発覚当初、世論の関心をひくことはなかった。
公判を傍聴した地元紙の記者が、警察発表と乖離した事実関係と事件の凄惨さに衝撃を受け、県警の不手際を報じた。その後、写真週刊誌やテレビが後追い報道をするようになり、全国的な関心を呼ぶに至った

これらの事件が報道された当時、いずれの事件においても、事件になる前、あるいは繰り返されるまえに、どうして警察がちゃんと事件として扱い、捜査しなかったのかが問われたケースばかりだ。

警察が「殺人事件の検挙率はほぼ100%」と発表し続けることを、白々しく感じるのは私だけでないはずだ。

次に、自殺か、他殺か、それとも事故死なのかの分かれ道となる検視・死体見分・検案にフォーカスしよう。

検視・検案はいい加減

検案とは

検案とは、死体検案書を作成するための作業である。なお、作業の流れとしては、次の項に示す『検視』で犯罪性の有無が確認された後に検案が行われる。検案は、医師法に基いて行われており、捜査のための作業ではない。だから、法医学的な検査はできない。なお、検案で作成される死体検案書は、死亡診断書に代わる書類である。

検案は、警察が犯罪性を認めた場合は監察医、そうでない場合は普通の臨床医や警察の嘱託医が行っている。

監察医制度のある東京都23区における検案は、『検視』において、警察が犯罪性を認めようが認めまいが、東京都より監察医として指定された東京都監察医務院の医師(監察医)が行うことになっている。ただし、繰り返すが、検案は捜査のための作業ではない。犯罪性の有無は、後述する『検視』で警察が判断している。

三浦春馬氏のケースにおいては、警察が『検視』で犯罪性なしを判断した後、東京都監察医務院に検案が依頼され、東京都監察医務院の医師(監察医)が行っているはずだ。なお、9月7日に東京都監察医務院に確認したところ、『検視』は警察が行っており、(少なくとも)東京都監察医務院の医師による『検視』への立ち会いは行われていない、とのこと。

検案は、検視で犯罪性の有無が判断されたあとに行われる

警察発表(報道発表用資料または警官のリーク)においては、常に誰が犯罪性の有無を判断したかが曖昧とされている。三浦春馬氏のケースにおいても、「警察が自殺と事件の両面から調べる」と報道された。警察発表の意図はさておき、現実に犯罪性の有無を調べる場面は、次項に挙げる『検視』である。司法解剖されなかったことから、『検視』で「事件性なし」と判断がなされたはずだ。『検視』の場に医師が立会をしたのかどうかは、決して発表されることはない。そして、検案の依頼がなされるのは、警察が事件性の有無を判断した後だ(参照:青酸連続殺人】なぜ被害は拡大したのか?)。検案は捜査のための作業ではないので、当然だ。

役割を明確にした図表警察庁作成の図表厚労省作成の図表

事件性がどこで判断されているかを明確にした図表

死因究明の流れ

「警察における死因究明等の推進」の図表(警察庁)

「異常死の届出と検案・解剖等との関係について」の図表(厚生労働省)

検視とは

検視は、犯罪性の有無を判断する作業である。犯罪性が明らかな死体には、検視でなく、死体見分が行われる。

検視を行うのは、検察官と規定されている(刑訴法229条)が、警察官に代行させることもできる(同条2項)。警察官(または検察事務官)による検視の代行の場合は、「医師の立会を求めてこれを行い、すみやかに検察官に、その結果を報告するとともに、検視調書を作成して、撮影した写真等とともに送付しなければならない。(検視規則第5条)」とされている。

検視は誰が行うのか?医師が立ち会っているのか?

検視は、検察官が行うことになっている(検視規則第6条)が、拘置所内での死亡等の特殊なケースを除けば、ほとんどすべてを警察官が行っている。警察庁は、検視官という職位を創設し、検視官(中身は警察官)に検視させることを推進している。

検視規則第5条(検視の代行)は、「検視する場合においては、医師の立会を求めてこれを行い…」と規定している。私にはこれが医師の立会を必須としているのか、どうかが分からない。また、現在までのところ、実際に医師の立会が行われているのかどうかも調べがつかない。

<追記>東京都監察医務院に確認したところ、検視は警察が行っており、(少なくとも)東京都監察医務院の医師による検視への立ち会いは行われていない、とのこと。

検視規則第6条(検視の要領)は、「(必要な場合は)立会医師の意見を徴し」と規定されている。これは、検視を行う警察官が必要性を認めないのあれば、立会医師の意見を聞く必要はない、と解釈できる。

検視規則第5条については、三浦春馬氏の遺憾中、「三浦氏の検視はどのように実施されたのか?」の項に、警察庁と警視庁への電話取材を追記したので参照してほしい。

検視の具体的な手順は、検視規則第6条に規定されている。

  1. 検視に当つては、次の各号に掲げる事項を綿密に調査しなければならない。
    1. 変死体の氏名、年齢、住居及び性別
    2. 変死体の位置、姿勢並びに創傷その他の変異及び特徴
    3. 着衣、携帯品及び遺留品
    4. 周囲の地形及び事物の状況
    5. 死亡の推定年月日時及び場所
    6. 死因(特に犯罪行為に基因するか否か。)
    7. 凶器その他犯罪行為に供した疑のある物件
    8. 自殺の疑がある死体については、自殺の原因及び方法、教唆者、ほう助者等の有無並びに遺書があるときはその真偽
    9. 中毒死の疑があるときは、症状、毒物の種類及び中毒するに至つた経緯
  2. 前項の調査に当つて必要がある場合には、立会医師の意見を徴し、家人、親族、隣人、発見者その他の関係者について必要な事項を聴取し、かつ、人相、全身の形状、特徴のある身体の部位、着衣その他特徴のある所持品の撮影及び記録並びに指紋の採取等を行わなければならない。

ここまでが法規に規定された内容である。残念ながら、規定通りに運用されているとは限らない。次のケースは、物理的に作業が不可能な件数を監察医が受け持っていた、とされるニュースだ。

死因究明の解剖を巡り、横浜市の監察医が2012年度に1人で3835件を担っていたことが所管する神奈川県への情報公開請求などで分かった。医師1人が担当できる解剖数は年間数百件が限界とされる。

毎日新聞 2014年4月6日

なお、このニュースにおける、監察医の作業は、検視の立会ではなく解剖である。検視よりはるかに数の少ない解剖でさえ、はなはだしい水増し疑惑が出るのだから、検視が適正に実施されているかどうか、疑わしいものだ。

保土ヶ谷事件

「個人の問題」としてではあるが、遺族が死因の究明を望み、法廷で警察と争った極めてまれなケースだ。死因究明が、あきれるほどに杜撰(ずさん)であることが露呈していて参考になる。

事件の概要

1997年、横浜市内、事故車内でぐったりしている男性を警察が放置、翌日死亡するという事件が起きた。警察は「精一杯の職務遂行だった」とし、男性の死因も司法解剖の結果、「心筋梗塞」だったと結論づけた。しかし、警察の言動に疑問を持った遺族が独自に調査を始めたところ、神奈川県警の組織ぐるみの証拠ねつ造疑惑が浮上した。

そして遺族は、警察官と監察医が共謀して虚偽の死体検案書を作成したとして損害賠償請求を起こした。

遺族にさえ、解剖の証拠は明かされない

実際に解剖をしたなら関係書類など証拠を見せよと迫った遺族に対し、監察医は「そんなもんあるか。おれも警察の被害者だ。そんなものは警察に言え!」(遺族談)と暴言を吐いたという。伊藤勝也保土ヶ谷署長(当時)も「死んじまったもんは、しょうがねえじゃねえか」と遺族に言ったとされる。

保土谷事件概要

警察官のニーズに応えようとする監察医

警察官にとって変死体は日常茶飯事なんです。早く検案書を書いてもらって早く帰りたいんですよ。警察官の心理をよく分かっているので伊藤先生は早いんだと思います。

ザ・スクープ

監察医は別人の臓器を証拠に持ち出した

監察医は解剖したことを主張したが、解剖の証拠として提出した臓器は他人ものであることが、DNA鑑定で判明している。

保土ヶ谷事件が示す暗黒

保土ヶ谷事件は、犯罪性が疑われれる死体に対し、死体見分と司法解剖が行われたケースである。監察医による司法解剖においてさえ、限りなく黒に近い証拠の捏造をするのだから、警察官が医師の立会もなしに行う検視のレベルなら、どんないい加減な作業が行われても不思議はない。

保土ヶ谷事件においては、警察官や監察医による限りなく黒に近い証拠の捏造を裁判所は認めなかった。権力側の不都合を裁判所が認めない傾向は、多くの専門家も指摘している。こうした法治国家としての根本的な問題に向き合わなければ、不幸な事件はこれからも続くに違いない。

構造的な欠陥のある死因究明制度

あきれるほど杜撰(ずさん)な死因究明作業が露呈した保土ケ谷事件から、三浦春馬氏のケ―スに戻ろう。

検案により医師が作成する死体検案書は、死亡診断書の代わりとなる書類なので、とうぜん遺族はこれを受け取ることができる。ただし、書式は死亡診断書と同じだ。一方、捜査機関の検視により作成される検視調書が、遺族に渡されることはない。検視調書が刑事訴訟法に基づく捜査書類であるからだ。

とうぜん三浦氏ケースにおいても、遺族に検視調書が渡されることはない。そして、遺族にとってさえ、検視の内容を明らかする現実的な術は存在しない。

ここで、2009(H21)年に書かれた日本法医学会の提言から、死因究明の問題点を示す箇所を引用したい。

警察で取り扱う異常死体のうち,およそ9割は,解剖などの検査を経ずに外表検査を中心とした所見のみで,検案時に不確実な死因判断が行われ処理されている。そのため不確実な死因判断が犯罪の見落としにつながっている可能性がある。また,犯罪性がないと判断された死体については,十分に死因究明が行われているとは言い難い。
わが国の死因究明制度はきわめて未整備である,あるいは構造的に欠陥があると指摘せざるを得ない。

「日本の死因究明制度の構築を目指して」日本法医学会死因究明の在り方に関する検討委員会

日本法医学会に「欠陥がある」とまで言わしめた死因究明制度は、改善されたのだろうか。北九州連続監禁殺人事件が発覚したあとにこの提言が作られ、そして死因究明二法が施行された。

しかしながら、犯罪死の見落としが大量殺人につながったかのように見える事件は、その後にも続いている。尼崎連続変死事件では、警察が、いくつもの不審死を見逃しただけでなく、被害者とその親族、近隣住民など、合計約50件もの通報や相談を受けたにもかかわらず、「事件なし」と判断したため、悲惨な状況が25年も続いてしまっている。

また、鳥取連続不審死事件首都圏連続不審死事件は、事件が発覚しないことを見越しての連続殺人に見える。

そして、大口病院連続点滴中毒死事件川崎老人ホーム連続殺人事件は、救急救命士と看護師という死後処理事務の現場をよく知る職業人による連続殺人である。

これらの連続殺人事件の傾向を見る限り、死因究明の問題は何も解消されていないと言わざるを得ない。それどころか、以前よりさらに悪い状態に陥っているのではないだろうか。

困難な真相究明より、まずは死因究明

警察が殺人事件の検挙率を100%、つまり、すべての殺人事件が『解決』していると発表し、テレビ局が警察のプロパガンダまがいの番組を大量に放映する様を、生粋の犯罪者は、きっと笑ってみているはずだ。

殺人天国の終盤に考察したとおり、殺人による死者の数は、警察発表の数倍あるいは十数倍あってもおかしくはない。警察発表と現実とが、あまりにも大きく乖離しているので、いまさらまともな死因究明などできないのかもしれない。

そんな状況で、困難さゆえ警察が蓋をしたがる真相究明を望むより、せめて、死因究明のプロセスが、将来的に信頼できるものとなるように求める方が現実的だろう。きっと、同じような不幸な事案を減らす力に転換されるはずだ。

社会の問題

毎年数千人が事故や自殺や行方不明を偽装した殺人の被害に遭っているとしても、自分自身あるいは自分の近親者がその被害にある確率は決して高くはない。だから「個人の問題」として認識されることはほとんどない。

しかしながら、死因究明がちゃんとなされていない現実は、極めて大きな「社会の問題」である。

次の記事では、「社会の問題」に対し、三浦春馬氏のケースがインパクトを与える可能性を追求したい。

日本は汚いモノにあふれてる
三浦春馬氏の遺憾

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