規制に従うか 自分で考えるか
人の種別を測るディメンションのひとつとして、自分で考える、既成概念を尊重する(多くの場合「規制に従う」)、このふたつを両端とする軸がある。

おそらく、日本人の多数は、規制に従う方に偏っている。規制に従うことが悪いとは思わない。確実なのは、規制に従う方はリスクが低く、自分で考えて行動する方はリスクが高い、ということだ。
言い換えれば、皆と同じく行動した方は安泰で、既成概念とは違う自分自身の考えを主張する方は村八分にされる可能性が生じる。これは「出る釘は打たれる」という格言と同質だ。
私は、既成概念を疑い、自分で考えるタイプだ。どちらが良いとか悪いの話しではない。私自身がそういう人間であるというだけの話しだ。だだし、現在の日本社会は、まぎれもなく変革を必要としている。既成概念に従う人たちの多くが現状維持を望むから、変革の必要性が表沙汰にならないだけだ。
ここで困った問題が発生する。自分で考える人たちの感じる問題が、規制概念に従う人たちには決して届かないことだ。そして問題の共有化は不能になる。問題が共有化できなければ、変革が実現するはずはないのである。
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