厳罰の逆効果

強い薬には副作用がある

悪質性の低い違反に対する怒涛の厳罰化

飲酒運転の厳罰化は、罰則の強化だけでなく、酒気帯び基準の引き下げが同時におこなわれた。しかし、「アルコールは”少量”でも脳の機能を麻痺させます!」とする警察広報には明らかな作為がある。つまり警察庁は、酒気帯び基準を大幅に引き下げるために作為をし、その上に厳罰化を実施したのである。

飲酒運転に対する厳罰化の全体像右に法改正の推移を表にしたが、複雑なので、ほとんどの人には理解が困難だろう。理解困難だからこそ、運転者には「飲酒運転は危険!」といった単純で分かりやすいスローガンばかりが脳裏に刻まれる。一方、ドライバーには『法罰の恐怖』が漠然と刷り込まれる。

少量の飲酒後の運転に対して、すさまじい厳罰化を行っただけではない。飲食店と酒販店に対しても厳罰化を行った。客が酒気帯び違反で検挙されただけで懲役2年だ。

悪質な加害者に対する厳罰化は1回だけ

飲んだら乗るな飲酒運転による悲惨な事故を減らすために法改正をするのなら、悪質な違反で重篤な被害が起きた場合に対しての法定刑を重くするのが基本である。殺人を抑止するのに、傷害罪の刑を重くしても意味がないことと同じだ。

ところが、現実の改正は、5年以下の禁固/懲役または100万円以下の罰金(当時の業務上過失致死罪)が、20年以下の懲役(自動車運転過失致死罪)とされた2002年の改正だけだ。

悪質な死亡事故に対する厳罰化は、傷害罪の法定刑である懲役15年より5年長いだけの20年に留められているのである。

それ以降、刑法から自動車運転処罰法へと根拠法の移項があったものの、悪質な違反による死亡事故の加害者対する厳罰化はいっさい行われていない。無免許運転に対する刑の加重が規定されているが、危険運転過失致死罪にその適用はないのである。

負のスパイラル

そもそも、飲酒運転や速度違反による死亡事故は長期的な現象傾向にあった。飲酒運転と速度違反の死亡者数の推移

また、自動車の安全性向上とインフラの整備は、確実に事故を減少させている。つまり、警察が何もしなくても、事故は減っていた。その傾向は、1990年台の後半頃から誰もが予見していたことだ。

それなのに、悲惨な事故の加害者に対する法定刑強化よりも、法律違反の裾野を広げること、つまり警察が大きな網を持つことに、より多くの法令改正が実施されたのである。

同時にひき逃げの罰則強化が行われたのは、飲酒運転の発覚を恐れて逃亡するケースの増加が予想されたからだ。そうして、起こるべきして起きているのが、ひき逃げ事故の多発だ。

罰則強化は、それ以降も度々繰り返されている。それは事故に至った場合のみならず、単なる酒気帯び運転に対しても、繰り返されている。同時にひき逃げ(救護義務違反)の罰則強化も繰り返されている。
ひき逃げへの厳罰化

まるで絵に描いたような『負のスパイラル』だ。

アルコールの影響に対する経験値と警察広報の大きなギャップ

運転はさておき、誰もが成人して5年も経てば、どのくらい飲んだら判断・思考・動作にいかなる影響があるかについて、自分自身の体質を踏まえた経験値を持っている。

下の図のオレンジ色の描く曲線は、アルコールの影響として、誰もが経験的に納得いくものであるはずだ。

日本での研究対象

飲み始めから穏やかに酔いを感じはじめ、一定量を超えると急激に酔いが回りだす。アルコール濃度の数値を理解しなくとも、最初は穏やかなカーブを描く曲線は、多くの人の経験に合致しているはずだ。

そして、上図中の赤枠で囲まれた部分が警察が「アルコールは”少量”でも危険!」とした根拠である。穏やかなカーブの始まりだけが囲まれているのは、単にそこが酒気帯び基準の引き下げポイントだからである。全体を囲んでしまうと影響が小さいことがバレてしまうので、警察は都合の部分だけを抜粋したのである。

そして、穏やかなカーブを100倍に拡大する手法で「少量のアルコールでも運転に悪影響ある」と事実を歪曲している。その詳細は「飲酒運転=危険ではない」を参照してほしい。

本当のことが言えない国

この節は、その根拠となる統計を求めても、警察が真っ黒に塗りつぶしてしまうので、断定的に書く。

飲酒運転の取り締まりは、今も昔も交通安全運動期間にしか行われていない。全国一斉に取り締まることで全国ニュースにすることができるからだ。こうした警察のええかっこしいがドライバーに嫌われ、多くのドライバーにとって、交通ルールは、警察の前で取り繕うものに成り下がっている。取締りを警察が正義を演じる道具とし、ドライバーの自発性をまったく尊重しないから当然だろう。

ルール軽視を招く最たるものが速度規制である。飲酒運転と違って、だれもがスピードメーターで速度規制の妥当性を感じることができるからだ。そして、多くのドライバーが流れに乗るだけで、時速20キロ程度の速度違反を日常的に行っている。

これをカメラの前で口にした当時国家公安委員長だった古屋圭司氏は、交通事故被害者団体らからの激しいバッシングを受けている

このように、規制の妥当性におおいに疑問を持ちながらも、公の場でそれを口にすることが許されず、次第に順法意識が破壊されてしまうのだろう。

なお、警察が規制と取締りを正当化することに最も効果をあげているのは、死亡事故多発の印象操作だ。前述したアルコールの影響を歪曲したことと同様、統計を操作することによって、警察が活躍しやすい方向に世論を誘導している。

厳罰化の結果

「アルコールの影響に対する経験値と警察広報の大きなギャップ」の項で述べたとおり、事実を歪曲して酒気帯び基準を引き下げ、併せて行われた怒涛の罰則強化が、かえって悲惨な事故を招いていることは、誰の目にも明らかだ。飲酒を隠そうとしての悲惨なひき逃げ事故が多発しているのである。

A.酒気帯び運転を隠そうと逃走し、発生した死亡事故(2011年以降の抜粋)
【世田谷】無灯火で追跡され逃走中、3台に衝突し1人死亡。[基準値の2倍近い](2016年3月)
【宇都宮】コンビニで衝突した19歳の女性が飲酒運転の発覚をおそれ逃走しひきずり殺害(2014年9月)
【東京】パトカーに追跡された車が横断歩道の女子大生をはね、死亡させる[0.4mg/l](2014年12月)
【江戸川】逃走バイクが原付バイクに追突し、原付の男性死亡[基準値を超えるアルコール](2014年12月)
【和歌山】飲酒逃走車両がタクシーに衝突。1人死亡1人重体[基準値を超えるアルコール](2014年11月)
【千葉】飲酒逃走車両が軽乗用車に衝突。40代女性が死亡[基準値を超えるアルコール](2013年6月)
【横浜】飲酒当て逃げ後に別の車に衝突[0.25mg/l](2012年6月)
【名古屋】飲酒で追突事故から逃走中の車が大学生をはねて死亡させ、さらに逃走。(2011年10月)
【大阪】飲酒の発覚を恐れた乗用車がトラックに衝突。乗用車の3人が死亡[運転手死亡]
B.救護義務よりも飲酒事故の発覚を恐れて逃走した死亡事故(2008年以降の抜粋)
【北海道(砂川市)】追突事故で放り出された16歳を引きずり死亡させた[検知不能](2015年6月)
【山形】高校教師(60)が剣道仲間の警部補を祝賀する会の後、ホステスを同乗させた車で路上に倒れていた人を1.5km引きずって死亡させた[警察は飲酒を追求しなかった](2014年12月)
【三重】72歳の女性がひき逃げ死亡。逃走車両の男性は飲酒していた[直後の検知不能](2014年12月)
【三鷹】乗用車が軽ワゴンと出会い頭衝突。軽ワゴンの69歳死亡[直後の検知不能](2014年11月)
【三重】軽自動車の28歳女性が自転車をはねて逃走。男性死亡[直後の検知不能](2014年9月)
【静岡】飲酒運転の車に衝突され夫婦が死亡。逃走するも現場近くで逮捕[未発表](2014年8月)
【小樽】海水浴場で飲酒した後、女性4人をひき逃げ。3人死亡1人重体[0.5-0.6mg/l](2014年7月)
【埼玉】はねた女性を1.3km引きずり死亡させ逃走した公務員が逮捕[直後の検知不能](2014年7月)
【世田谷】セブンイレブンの男性社員(24)が男性をはねて死亡させ逃走[なぜか未発表](2014年3月)
【旭川】警察庁の技官が76歳女性をひき逃げ死亡[警察は飲酒を追求しなかった](2014年2月)
【長野】10代女性2人がはねられ1人死亡。現場に戻った19歳の少年が逮捕[未発表](2011年11月)
【北海道】乗用車と軽乗用車が衝突し、軽の女性死亡。乗用車は逃走[直後の検知不能](2011年11月)
【梅田】飲酒運転の26歳が68歳の男性をはねて約3kmひきずり死亡させた[直後の検知不能](2008年7月)

報道されるニュースの数のほか、Googleトレンドによる「ひき逃げ」の検索数の増加傾向も問題が拡大していることを裏付けている。

酒気帯び基準の引き下げを伴う罰則強化がなれていなかったら、A群の事故は発生していない。B群の事故においては、ひきずって死なせずに済むケースも見受けられる。

ひき逃げが増加することを知りながらの厳罰化

2006年に酒気帯びの基準を引き下げと厳罰化が施行された際、ひき逃げの罰則強化が同時に行われたことが示すとおり、とうぜん警察庁は「強い薬に副作用がある」など分かっている。それが負のスパイラルをひき起こしているとしても、認めるはずがない。

そして、ささいな事故でクローズアップされた芸能人を『市中引き廻しの刑』に見せしめることによって、失政を覆い隠そうとするばかりだ。

酒気帯び運転・飲酒運転の記事リスト

死亡事故多発の印象操作

恐怖に訴える警察広報

日本全国のあらゆる道路には、「死亡事故多発」「緊急対策実施中」の電光掲示板が設置されている。テレビやラジオでは、「交通ルールを守りましょう」。警察施設に貼られたポスターでは、「交通違反は犯罪」。これら交通安全スローガンの […]

飲酒運転=危険ではない

飲酒運転

民間企業の「嘘・大げさ・紛らわしい広告」は、JAROに審査され、該当すれば指導を受ける。 一方、各省庁が発する国としての「広報」に審査はない。 ここでは、飲酒運転の危険性を過剰にアピールする警察広報を題材にして、「広報」 […]

飲酒運転根絶!のウソ

飲酒運転撲滅のウソ

左の表は神奈川県警の検挙ノルマである。飲酒運転に対する厳罰化が進むに反し、検挙目標が大きく減らされていることが一目瞭然だ。なお、都道府県警察は警察庁の施策を横並びに実施するだけなので、すべての都道府県警察が同じ傾向で設定 […]

飲酒運転根絶が国策となった理由

飲酒運転

2001年、警察庁が策定した飲酒運転の罰則強化を織り込んだ道路交通法の改正案は、異例のスピードで施行された。以後10年以上、飲酒運転に対する怒涛の厳罰化が続けられている。 警察庁が厳罰化を強行したのには、差し迫った理由が […]

厳罰の逆効果

厳罰化の逆効果

悪質性の低い違反に対する怒涛の厳罰化 飲酒運転の厳罰化は、罰則の強化だけでなく、酒気帯び基準の引き下げが同時におこなわれた。しかし、「アルコールは”少量”でも脳の機能を麻痺させます!」とする警察広報には明らかな作為がある […]

「事故を起こした!」のアングリフ

テレビにおける市中引き回しの刑

誰もが知っている刑事司法制度 「私たちがするのは捜査。決めるのは裁判所」 これは、刑事ドラマの主人公らが、労をねぎらいあうシーンに使われる。このセリフが示す通り、ニュースとして報道される捜査段階においては、疑うに足る証拠 […]

吉澤ひとみ氏の現場情報求む

このページは、吉澤ひとみ氏の事故態様を正確に反映するために作成途中です。 テレビによる連日の袋だたき報道は見るに堪えない。そこに警察は「吉澤氏は事故直前に時速86キロで走行」という情報をマスメディアにリークした。本来明ら […]