死亡事故多発の印象操作
日本全国のあらゆる道路には、「死亡事故多発」「緊急対策実施中」の電光掲示板が設置されている。テレビやラジオでは、「交通ルールを守りましょう」。警察施設に貼られたポスターでは、「交通違反は犯罪」。これら交通安全スローガンのうち、「死亡事故多発」を代表に、警察広報では重篤な事故が多発が強調されている。
交通安全スローガンのみならず、警察庁が発表する交通事故統計においても、重篤な事故の多発が強調されている。また、交通事故統計は、警察白書にも掲載される。さらに、警察庁は、交通事故統計を、内閣府の政策会議である中央交通安全対策会議に、関係省庁(警察庁)の基本計画構成ともに提出している。そして内閣府は、警察白書とは別に、交通安全白書を発行している。
このように、警察庁がまとめる交通事故統計は、国が、道路交通の状況を評価し、交通安全基本計画を策定する材料となっている。春と秋に全国交通安全運動が開催される根拠も交通安全基本計画にある。しかしながら、交通事故統計の受傷程度を詳しくみれば「悲惨な事故」は多発していないことが明らかとなる。
下の図は、平成25年警察白書138ページ目の写しである。当該ページ中の図3-1は、単位の異なる数値がひとつの図表に描かれている。警察庁の意図はさておき、結果、死者数が大きく見えるような加工となっている。
1970(S45)年から重症者と軽症者が分類統計されているにもかかわらず、グラフには織り込まれていない。
そこで次の図においては、単位をそろえ、また、受傷程度別負傷者数(重傷者数と軽症者数)がわかるようにした。なお、重傷者数と軽症者数は、総務省統計局がwebサイト上に公開している交通事故の発生状況から取得した。なお、総務省は独自に交通事故を統計しておらず、総務省の交通事故発生状況の元データは、警察庁の交通事故統計である。
上図によれば、直近の20年間において、人身事故による負傷者の90%以上が軽症者で占められていることがわかる。そして、2008(H20)年以降における、軽症者の占有率は94%を越えている。
次に、軽傷者数・重傷者数・死者数を別々の表にした。
ここではっきりするのは、2000(H12)-2005(H17)年にかけて事故発生件数がピークを示した原因は、軽傷事故の増加が原因である、ということだ。
さらに、被65の3号証のグラフに事故統計に大きな影響を与える法令改正を加えた。
統計上の交通事故件数と取締りの在り方に影響を与える法改正
- 交通反則通告制度
- 国は、軽微な交通違反を反則切符で処理できるようにした。
- 特例書式による事故処理
- 国は、被害者の傷害程度が約3ヶ月以下なら、簡便な特例様式で事故処理をできるようした。
- 交通安全対策特別交付金制度
- 国は、交通反則通告制度によって集められた反則金が警察の予算に流れるようした。
- 簡約特例書式による事故処理
- 国は、診断書上の加療機関が2週間以内なら、特例様式より簡便な書式で事故処理ができるようした。簡約特定書式は、警察官がチェックを入れて、当事者に署名させれば完成する程度である。
以上のとおり、多発しているのは「悲惨な事故」ではなく軽症事故である。そして、軽症事故が増加していた最大の要因は、交通事故を処理する事務の変化にあることが容易に予想できる。
なお、わが国は出来高払いの医療制度を採用しているため、整形外科で「痛い」と主張すれば怪我がなくても診断書は必ず手に入り、間をあけて2回いけば、自動的にその間が加療期間になる。一方、加害側が医者の診断書に対抗することは不可能である。それゆえ、簡約特例は、医師の診断書を悪用したゆすり行為を助長する可能性がある。事実、右図の通り日本の人身事故件数は異常な数字を示している。
右図では、車両の走行キロで除すことによって、道路延長と車両台数を平準化している。その上で、日本の人身事故件数が他国に比較して2倍以上を示すのは、あまりに多くの軽症事故が日本の交通事故統計に計上されているからである。重篤な事故が多発しているからではない。それなのに、「死亡事故急増」「重大事故多発」といった、重篤事故の多発を強調した看板が、人々に交通事故の恐怖を植えつけている。
速度違反が多くの道路区間で常態化しているとしても、それを公言できないのは、恐怖に訴える警察広報によって、道路社会の現実をよく知らない非運転者らが、恐怖を取り除く手段として、警察に期待を寄せるからだ。そして、交通安全という大儀に対し、交通違反者の意見はまったく説得力を持たない。だから、誰も本当のことを言えないのである。