PBI本体連絡掲示板に2013年7月24日投稿した内容に加筆修正

「失われた10年」が「失われた20年」を超え、ある程度の体制批判をしていたはずの週刊誌には、いつの間にか、自分が得する情報や楽しくなる情報ばかり。社会的な記事はというと、出る杭を打って、人の妬みを満足させるような内容。維新の会の橋下代表のつるし上げ報道に代表されるように・・・。

自分の経験から言わせてもらうと、体制批判をするための取材と、それを記事にする作業は、精神衛生上、極めて不健全。とにかく、しんどい作業だ。できあがった記事に、その苦労がしのばれることは、ほとんどないが、都合の悪いことを引き出そうとする輩に対するお役人の抵抗は、極めて悪辣だ。お役人の対応に耐え、しんぼう強く待ち、時には我慢できず、脳の血管がぶち切れるほど、窓口公務員に怒りをぶちまけ、それでもやっぱりお役所が出そうとしないものは出ない。

その理由は、法令の枝葉を牛耳るお役所が、責任を取らないシステムを確立しているからだ。とにかく、現体制の批判や、公務員の責任を追及する作業は、一筋縄ではいかないのだ。そうした努力の結果、できあがった記事は、決して読んで楽しくなるものではない。

一方、人の興味や欲望をくすぐる記事を書く作業はずっと楽しい。取材はもっと楽しい。そして、できあがった記事には、読者を気持ちよくさせる効果がある。つまり、書き手も読み手も幸せになれるのである。週刊誌から、手間がかかり、ストレスのたまる体制批判な記事が消え、読者を気持ちよくする記事ばかりになるのは自然といえば自然。

私自身、批判的な記事を書くことへの倦怠感と、生業の忙しさもあって、ここ数年、新たな取材はおろか、過去に取材した内容を記事にする作業も止めていた。

ところが、今年5月に速度違反で検挙され、免許取り消しを覚悟させられ、そして心境が変わった。検挙された道路は、横浜環状2号線上の時速50キロ規制区間。横浜環状2号線は、片側3車線が主体の、地域高規格道路である。検挙されたエリアは取り締まりの名所で、地元民なら誰もが知っている警察の漁り場だ。

だから、捕まるのは、地元外の人か、警察の手口を知らない若年者ばかり。僕は、雨が降り出す前で急いでいたうえ、取締りの時間帯ではなかったので油断していた。

なお、警察の交通取り締まりに対抗してどうなるかの答えは出ている。それに僕は、違反者が自身の違反を争うことが、変革につながるかのような論調が大嫌いだ。

しかし今回、自分自身の速度違反を争うことにした。ただし、測定された速度を争うのではなく、速度規制そのものに論点を絞る予定だ。自分の知りうる知識、情報収集力、表現力のすべてを駆使して、速度規制の正当性と取り締まりの妥当性を追求し、それを記事にすることにした。

「速度規制がおかしい」ということを立証する材料は、僕の知る限り、誰も使ったことのないモノであるが、一般道なら、どの速度違反のケースにも応用できる材料だ。それは速度規制が実態に乖離していることを示す公的な情報である。ただし、それを採用するか否かは、行政処分は審査庁、刑事処分は裁判所次第。

刑事なら勝つ自身はある。しかし、行政処分はおそらく負ける。なぜなら、審査をするのが、公安委員会の皮を被った警察だからだ。もし、負けたなら、行政処分のシステムが傀儡なのかどうかを問う材料にするつもりだ。

ちょうど、国家公安委員長の古屋圭司氏が、速度違反取り締まりの在り方を検討する有識者会議を設置する、と発表している。会議は、年内をめどに提言をまとめるらしい。有識者会議がどの程度、“現実”を提言するかはさておき、時期として悪くはない。

追って、コンテンツとして、作成・公開します。