2014(H26)年7月31日
2014(H26)年(う)1049号 道路交通法違反事件
東京地方裁判所第8刑事部御中
被告人 野村 一也
控訴趣意書
被告人野村一也に対する道路交通法違反事件の控訴の趣意は以下の通りである。
一 法令適用の誤り(刑事訴訟法第380条)
以下のとおり,本件取締り区間の規制速度および取締り場所の選定には違法性があるので,原審判決の破棄を求める。
第1 速度規制の根拠となる法令の推移
- 1960(S35)年,国は,道路交通法施行令を施行し,いわゆる「法定速度」が効力を発した。
- 1968(S43)年,国は,改正道路交通法によって交通反則通告制度が開始され,軽微な交通違反は反則金で処理できるようにした。
- 1983(S58)年,国は,交通安全対策特別交付金制度を制定・施行し,「道路交通安全施設の設置及び管理に要する費用で政令で定めるもの」が国庫から支出できるようにした。
- わが国は,1991(H3)年に戦後初のマイナス成長を記録するまでの間,経済成長を続け,道路整備は進み,自動車産業は世界を席巻するほどに成長した。
- 2006年(H18)から2009年(H21)までの3年間に渡って,警察庁は,「規制速度決定の在り方に関する調査研究(委員長:太田勝敏東洋大学教授)」を行い,2009年(H21)4月2日にその研究結果となる「規制速度決定の在り方に関する調査研究・報告(概要≪被1≫・報告書要旨≪被2≫・報告書(以下「太田報告書」とする)≪被3≫)」を公表した。
- 2009(H21)年10月29日,警察庁は,速度規制の策定基準を定めた内規「速度規制基準」を改定し,「交通規制基準」の一部改正についてを通達したが,50年前に規定された法定速度は据え置かれた。
- 2013(H25)年5月16日,神奈川県警港北警察署は,横浜環状2号線において,定置式速度取締りを行い,被告人を検挙した。
- 2013(H25)年には,交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会」(筆頭委員:太田勝敏氏)が実施されたが,法定速度を見直す必要性は提言されず,警察庁は,法定速度の見直しを行わなかった。
第2 速度規制および取締り方法の違法性
1.速度規制の違法性
- (1)道路交通法(道交法)第1条には,同法の目的を「道路における危険を防止し,その他交通の安全と円滑を図り,及び道路の交通に起因する障害の防止に資すること」と規定されており,安全と円滑の双方が同法の目的となっている。
- (2)道交法第22条が規定しているのは,最高速度違反という不法行為の概念のみである。そこに全国一律である必要性は規定されていない。
- (3)道路交通法施行令(道交法施行令)第11条には「自動車にあつては60キロメートル毎時,原動機付自転車にあつては30キロメートル毎時」と規定され,道交法第22条の規定する最高速度違反という不法行為を全国一律の基準(法定速度)で規制している。
- (4)道交法施行令11条の規定は,覊束行為であり,法が行政庁に自由な裁量を認めた目的を無視し著しく妥当を欠き権利の濫用と認められる場合,その裁量権の行使および不作為は違法となる。
- (5)道交法第22条に全国一律で規制する必要性が何ら規定されておらず,また,道交法施行令11条で全国一律に規定しなくとも,各都道府県において,地域の実情にあった速度規制が可能であるにも拘らず,道交法施行令11条による全国一律の速度規制(いわゆる法定速度)によって,都道府県警察が策定する指定最高速度は大きく制約されている。そして,道路環境に恵まれた地域の安全な道路や,高速道路のように整備された地域高規格道路でさえ,それぞれの道路における交通実態が勘案されることもないまま,全国一律の法定速度を上限とした速度規制体系によって,すべての道路が規制されている。その結果,道路利用者らにおいては,自発的に安全で円滑な方法で車両を運転する自由を著しく制約されている。
- (6)本来,都道府県における速度規制は,都道府県公安委員会の所掌事務である(道路交通法第4条)ことから,道交法第22条の授権の趣旨は,全国を一律に規制することを容認していない。したがって,警察庁の政令がごとき道交法施行令の第11条が規定する全国一律の法定速度は,道交法第22条の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきである。
2.速度取締りの違法性
- (1)警察組織ないし警察活動の目的は,警察法第1条に規定された「個人の権利と自由を保護」「公共の安全と秩序を維持」である。
- (2)警察の責務は,「個人の生命,身体及び財産の保護に任じ」行うことが警察法第2条第1項に規定されている。
- (3)交通取締りを含む警察の責務を遂行するにあたっては,「その責務の遂行に当つては,不偏不党且つ公平中正を旨とし,いやしくも日本国憲法 の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない」と警察法第2条第2項に規定されている。
- (4)事故の少ない安全な道路ばかりで行われる速度取締りは,警察法第2条第1項の定める責務の範囲を超えており違法というべきである。
- (5)速度取締りの責務の範囲に一定の裁量を認めたとしても,規制速度が実勢速度を大きく下回った特定の道路の特定の地点ばかりで行われる定置式の速度取締りにおいて,その場所と取締り手法をよく知る車両運転者が検挙されることはなく,それを知らない車両運転者ばかりが検挙されることとなり,著しく公平性を欠いているおそれがある。そうした速度取締りは,警察法第2条第2項はもちろん,法の下の平等の理念に反し,違法というべきである。
3.速度取締りの根拠となる速度規制には合理的な理由が存在しない
それぞれの道路が合理的な速度に規制されているなら,速度取締りは適正に行い得る。しかし,速度規制に合理的な根拠が希薄で,かつ,道路の交通実態を反映させないまま,被4に示した通り検挙数を目標化するのなら,取締り現場の警察官が,速度取締りのしやすい場所を選んで取締りを行うことは,当然である。速度取締りのしやすい場所とは,すなわち,規制速度が実勢速度と乖離した場所である。
事故を減らすことを速度取締り目的としながら,規制速度が実勢速度と乖離した場所で行われる速度取締りに対し,車両運転者らの不満は,決して小さなものではない。
2013年(H25)6月4日には,国家公安委員である古屋圭司氏でさえ,警察による交通違反の取締りを問題視する発言をし,それはテレビでも放送された。≪被5≫
同年同月のスポーツ報知によれば,古屋氏は,「取締りのための取締りになっている傾向があり,警察の信頼という視点からもちょっと疑問符がつく」と指摘した。さらに古屋氏は,「片側2車線で歩行者が出てくる危険性もない制限速度50キロの道」を例に挙げて「交通の流れに逆らわずに行くと70キロぐらい出る」とし「20キロ以上超えると取締りの対象になる。そういうところはどうかなといつも疑問に思っていた」などと話した。≪被6≫
古屋氏が公の場で苦言を呈したとおり,車両運転者らの不満の多くは,「歩行者が出てくる危険性もない道路」における速度取締りに向けられている。
なお,1960(S35)年に施行された道路交通法施行令第11条には,「法第二十二条第一項 の政令で定める最高速度(以下この条,次条及び第27条において「最高速度」という。)のうち,自動車及び原動機付自転車が高速自動車国道の本線車道 (第27条の2に規定する本線車道を除く。次条第3項において同じ。)以外の道路を通行する場合の最高速度は,自動車にあつては60キロメートル毎時, 原動機付自転車にあつては30キロメートル毎時とする。」と規定されている。道路毎に指定される最高速度は,一部の例外を除き,同施行令同条の定めた最高速度(以下「法定速度」という)を上限としている。
すべての道路は,法定速度に大きな制約を受けている。しかしながら,一般道の上限として規定された法手速度は,甚だ現実から乖離している。
以下,法定速度に合理的な理由が存在しないことを示す。
(1)極端に低い日本の法定速度
日本においては,一般道の速度の上限は,道路交通法施行令によって,時速60キロメートルとされている。一方,海外に目を転じてヨーロッパを参照すると,ほとんどの国において,一般道の最高速度は時速80キロメートルから時速100キロメートルとなっている。80km/h未満の国は,淡路島より小さなマルタ共和国だけだ。道路交通法施行令の定める時速60キロメートルという一般道の上限速度が,海外に比較して極端に低いことは明らかである。≪被7≫
なお,街と街の間に郊外が広がるユーロ諸国と違い,日本では街が連続しており,郊外の概念がユーロ諸国とは異なる。また,後述するとおり,日本では,道路整備のための予算(道路特定財源)が別立となっており,地域高規格道路(いわゆるバイパス道路)においては,高速道路と同様の高架式や立体交差を積極的に取り入れることで安全が確保されている。そして,警察の速度取締りの多くはこうした道路で行われており,本件取締りの発生道路も地域高規格道路での取締りである。
(2)道路交通法施行令に規定された法定速度
法定速度は,道路交通法施行令が施行されてから50年以上もの期間が経過したにもかかわらず,変更されていない。
この50年間に,わが国は高度経済成長を経ており,その後も道路整備は進み,自動車産業においては世界を席巻するに至っている。もちろん,車両を運転する人間の基本機能に代わりはないが,道路環境と車両の性能は劇的に向上している。
つまり,総合的な道路を通行する車両の安全性は大きく向上しているにもかかわらず,法定速度が据え置かれていることは,莫大な予算が注がれたこれまでの道路整備を無評価とし,自動車産業の技術向上を否定しているといえる。
(3)国家公安委員長の苦言とパーセンタイル速度を用いた速度規制の評価
被5と被6に示した報道後,警察庁は,「交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会」を召集し,主催者を古屋国家公安委員長とした。
同懇談会で使用された資料等は,wayback machineに保存されている。警察庁交通局の新着リスト(リンク先は2013年12月12日時点のもの)で恒久的に引用が可能である。
- 第1回 交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会(8/28)
議事次第 趣旨書 資料1(委員名簿) 資料2(ワーキンググループ構成案) 資料3(速度取締りの現状と課題) 資料4(速度規制の目的と現状) 議事概要 - 交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会
第1回 速度規制等ワーキンググループ (9/11)
議事次第 委員名簿 資料1(速度規制の見直し状況と課題) 資料2(速度規制の見直し状況と課題 資料編) 資料3(高速道路の規制と現状) 資料4(わが国での速度規制のあり方について(メモ)) 議事概要 - 交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会
第1回 取締りワーキンググループ (9/11)
議事次第 資料1(取締りワーキンググループ名簿) 資料2(速度違反の取締り) 資料3(県警察にける速度違反取締りの現状) 資料4(交通取締りと交通事故の関係) 議事概要 - 交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会
第2回 速度規制等ワーキンググループ
(10/3)
議事次第 資料1(速度規制見直しの考え方について等) 資料2(安全な交通行動への誘導方策) 資料3(エコドライブ10のすすめ) 資料4(生活道路対策における物理的デバイス) 資料5(高速道路の速度規制等に係る論点) 資料6(高速道路関係説明資料) 資料7(「平成20年度規制速度決定の在り方に関する調査研究」報告書から抜粋) 資料8(新東名高速道路・東名高速道路について) 資料9(大型貨物車の速度抑制装置装備義務について) 議事概要 - 交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会
第2回 取締りワーキンググループ
(10/3)
議事次第 資料1(取締りワーキンググループ名簿) 資料2(事故抑止に資する速度取締り) 議事概要 - 第2回 交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会 (10/3)
議事次第 資料1(委員名簿) 資料2(検討状況中間報告(取締りワーキンググループ)) 資料3(取締りワーキンググループ検討状況中間報告資料) 資料4(検討状況中間報告(速度規制等ワーキンググループ)) 資料5(速度規制等ワーキンググループ検討状況中間報告資料) - 交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会
第3回 速度規制等ワーキンググループ (11/7)
議事次第 資料1(速度規制等ワーキンググループ検討結果(案)) 資料2(速度規制等ワーキンググループ検討結果 資料編)≪被9≫ - 交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会
第3回 取締りワーキンググループ (11/14)
議事次第 資料1(取締りワーキンググループ名簿) 資料2(速度取締りに関する情報発信) - 交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会 第4回 取締りワーキンググループ (12/5)
議事次第 資料1(取締りワーキンググループ名簿) 資料2(取締りワーキンググループ検討結果(案)) 資料3(取締りワーキンググループ検討結果(資料))≪被10≫ 資料4(悪質性・危険性の高い交通違反の取締り) 資料5(暴走族に対する重点的な取締り)
ただし,2013年12月12日時点にwayback machineに保存された警察庁交通局の新着リストには,同年12月26日付けの提言が記録されていないので,以下に記す。
被5と被6に示した報道において,古屋国家公安委員長が疑問を向けた道路は,「歩行者が出てくる危険性もない道路」である。しかしながら,交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会の第3回速度規制ワーキンググループにおいて警察庁が提出した資料2≪被9≫では,5より8ページに歩行者が横断する道路を想定し,クルマが人にぶつかった場合を示し,速度の危険性を強調している。9ページ以降においても事故に触れた箇所はすべて対歩行者事故の存在が前提となっている。
同懇談会の第4回取締りワーキンググループにおいても,警察庁は,第3回目と全く同じデータを資料3≪被10≫の6より8ページ織り込んだ。6ページと7ページは第3回の資料2と同じもので,飛び出してきた歩行者と衝突した場合の危険性を強調したものである。警察庁は,提出する資料において,対歩行者事故の危険性を繰り返す反面,取締りの現場において,検挙数が目標化されている問題には一切触れていない。
このように警察は,「歩行者が出てくる危険性もない道路」においても,車両と歩行者の事故を強調することによって,速度規制を正当化し,速度取締りの必要性を強調している。しかしながら,高速道路のような幹線道路と生活道路を一緒にされては,科学的な検証を阻害するだけなので,ここからの記述は,「歩行者が出てくる危険性もない道路」に限定し,速度規制の合理性について検証を行う。
(4)速度規制をめぐる近年の動向および道路種別と速度規制との関係
被5と被6に示した報道の後,警察庁は「交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会」を収集した。同懇談会以前の2006年より,警察庁は,「規制速度決定の在り方に関する調査研究」を行い,それを基に速度規制の策定に関する内規を見直し,そして2012年(H24)3月までに,速度規制に対する一定の見直しを実施している。
以下の図は,2013年(H25)10月16日の「交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会」において,警察庁が提供した資料5(速度規制等ワーキンググループ検討状況中間報告資料)≪被11≫中ページ2に記載された図である。
ア 規制速度決定の在り方に関する調査研究
2006年(H18)から2009年(H21)までの3年間に渡って,警察庁は,「規制速度決定の在り方に関する調査研究(委員長:太田勝敏東洋大学教授)」を行い,2009年(H21)4月2日にその研究結果となる「規制速度決定の在り方に関する調査研究・報告(概要≪被1≫・報告書要旨≪被2≫・報告書(「太田報告書」)≪被3≫)」を公表した。なお,報告は,基準速度を「全国一律の基準となる速度」と定義し,道路を12区分に分けた上で,区分毎の基準速度を設定した。また,「実勢速度(85パーセンタイル速度)を基に,交通事故抑制の観点を加味した基準速度を設定」したとしている。
太田報告書は,85パーセンタイルの評価方法については,まず,2006年(H19)に447地点で速度調査を行ったとしている。
次に太田報告書は,上記調査結果を12区分に分類し,区分毎の85パーセンタイル速度を算出したとしている。さらに,実測値と実測値から算出した85パーセンタイル速度に数量化I類による補正を加え,さらに2007年(H20)に収集された全国509地点の速度データで検証を行ったとしている。次の図は,太田報告書のページ9に記されたものを抜粋した。
太田報告書に示された上記プロセスで問題なのは,速度を調査した道路の所在する都道府県や,具体的な道路名に一切触れていないことにある。都道府県ごとの規制ならさておき,全国一律に規制する根拠として統計をとるのなら,とうぜん,道路条件がよく,その結果,首都圏よりはるかに高速で,かつ,安全に車両が通行している北海道を一定割合いで織り込むべきである。言い換えると,調査地域に走行条件の悪い道路ばかりを選べば,統計上の実測値は,容易に操作が可能である。
次に太田報告書のページ10には,得られた85パーセンタイル速度から,基準速度を設定するにあたって,次の内容が記されている。
実勢速度として用いる85パーセンタイル速度は,悪天候や遅い車両の影響を受けない状況下で,85%のドライバーが選択する速度であり,ドライバー本位の速度であると言える。
しかしながら,日本の道路は欧米のように居住地と非居住地が明確に分かれているわけではなく,狭い国土,複雑な地形のため,ほぼ全ての道路が居住行動圏内を通っている。このような道路環境下においては,ドライバー本位の規制速度を設定した場合,交通事故が増加する恐れがある。そこで,実勢速度である85パーセンタイル速度に交通事故抑制の観点を考慮した,全国一律の規制速度の基準となる速度(以下「基準速度」という。)を導入する。
交通事故抑制の観点としては,多種多様な道路において共通して適用が可能であり,また,ドライバーの視点から容易に識別できることに着目して,市街地における事故の危険性,中央分離有無による事故の危険性および歩行者・自転車保護の観点を考慮する。
そして,太田報告書は,次の3つを揚げて,85パーセンタイル速度から減じて,基準速度を設定することの理由としている。
- 市街地における事故の危険性
- 中央分離施設が設置されていないことによる事故の危険性
- 歩行者保護
そして,太田報告書のページ10には,基準速度が示されている。
この段階には多くの問題が存在する。 非市街地の4車線(片側2車線)で中央分離のある道路に対してさえ,歩行者の存在を理由として速度を減じていることを筆頭に,結局,上限は60km/hとなっている。総合的に見ると,太田報告書は,単に法定速度である60km/hに正当性を持たせるための引き算をしているだけとであると言わざるを得ない。
以下,上掲の「表2-7 一般道路の基準速度」の問題点を羅列する。ただし,道路交通法上に「一般道路」という文言は存在しない。太田報告書が「一般道路」を使っているのは,意図があるのかもしれないが,何ら説明はない。以下,太田報告書のいう「一般道路」は,道路交通法および道路交通法施行令の「一般道」同じと見做し,以下,「一般道」に統一する。
- 高速自動車国道/一般道
- 首都高速湾岸線は,高速自動車国道である東名高速や東北・関越自動車道と遜色のない規格の道路である。また,湾岸の工業地帯や海の上を通っているので,騒音問題はないに等しい。市街/郊外に明確な規定がないことは先に示したので,それを除けば,首都高湾岸線の道路構造と環境は,高速自動車国道と同等である。それなのに,行政上の区分を優先して,規制の根拠とするのは,合理性に欠けている。
- 阪神高速道路の湾岸部も同じく,高速自動車国道としてではなく,一般道の法定速度60km/hが基準とされ,そこから80km/hに緩和されている。しかしながら,被告人の所感としては,双方の道路とも平均速度さえ,規制速度を上回っている。
- 太田報告書が,これらの道路を評価していないことを被告人は予想するが,増加を続けるこうした道路条件に恵まれた非高速自動車国道については,別の評価がなされるべきである。
- 自動車専用道路/一般道
- 湾岸線を除く首都高速は,自動車専用道路であるが,高速自動車国道ではない。それゆえ,規制速度は,法定速度と同じ60km/hに規制されている。しかしながら,荒川沿いの首都高環状線(葛西JCT-堀切JCT)においては,規制速度で走行すると煽られて危険を感じるほど,規制と現実はかけ離れている。
- 道路交通法施行令の規定する法定速度が,高速自動車国道と一般道の2種類しか存在しない中,高速自動車国道以外を一般道と看做したままの規制を続けるのなら,一般道に自動車専用道路の実態を反映するべきである。
- 地域高規格道路/古い設計の一般道
- 後に具体的に記すが,日本は他国に比較して,潤沢な道路予算をもち,他国のハイウェイ以上に整備された地域高規格道路(いわゆるバイパス道路)が,たくさん存在する。その中には,高速道路と同様の高架としたり,一部車両規制を行うことで,限りなく自動車専用道路に近い道路区間も存在する。
- 例をあげれば,横浜新道と小田原厚木道路のような有料道路や,保土ヶ谷バイパスや新潟西バイパスは,道路交通法上において一般道に分類されており,速度規制のベースは60km/hである。70km/hに規制されているのは,例外措置であって,適用の実務権限は,警察にある。
- 後に触れる「交通規制基準」の一部改正についてにおいて,プラス10km/hが定められるまでもなく,既に適用が行われているのである。しかも,横浜新道と小田原厚木道路の規制速度は,法定速度から10km/h緩和してもなお,交通実態を大きく下回っている。小田原厚木道路にいたっては,神奈川県警第二交通機動隊が覆面パトカーでの取締りを盛んに行うため,道路利用者の評判はすこぶる悪い。
- 太田報告書は,とうぜんこうした道路が一般道路に含まれていること理解したうえで作成されたはずである。もし,太田報告書の地点調査において,こうした道路を織り込まれていないとしたら,それは道路ユーザーに対する欺瞞であると言わざるを得ない。
- 市街道路/郊外道路
- 道路予算が潤沢な日本において,市街地を通る地域高規格道路のなかには,全面的な立体交差を採用した道路が多数存在する。単に市街地というだけで,中央分離帯があろうが片側2車線以上であろうが,おかまいなしに速度を減じることは交通工学的に失当である。
- また,片側2車線以上で中央分離帯があれば,例外なく歩行者横断禁止にされるものである。そうした道路に対し,歩行者理由で速度を減じている。さらには,単に市街地という理由だけで,一律に速度を減じているが,市街地の定義さえなされていない。
- 路線で評価する設計速度/ピンポイントで取り締まる規制速度
- 速度道路設計に使用される設計速度は,道路の全区間,または,必要最小限に区分した長い区間に対し行われる。一方,規制速度は,ピンポイントで行われる速度取締りの根拠となる。同報告では,設計速度を拠り所としているが,設計速度と規制速度は,本来の使用目的がまったく異なる速度である。
- 設計速度は,道路全体または長い区間の旅行速度を目標とするものであるから,設計速度の同じ区間であっても,条件のよい区間では,それ以上の速度で安全に走行が可能である。つまり,同一区間において,もっとも走行条件の悪い区間で安全に走行できる速度であるといえる。
- 単に法定速度である60km/hに正当性を持たせるための引き算にしか見えない太田報告書の基準速度において,その正当性を設計速度に転嫁することは,おそらく,国土交通省にとって遺憾なことであろうとの思いを禁じ得ない。
- もし,基準速度を適用した結果が,ことごとく設計速度に一致しているとしたら,それはカーブなど条件の悪い区間の安全速度(設計速度)が,長い直線部においても,適用されることになっているはずだ。
以上のとおり,太田報告書は,日本の道路整備の特異性,および,道路管理者と交通管理者が別々となっていることからくる不合理を考察することなしにまとめられている。批判をおそれずにいえば,太田報告書は,道路交通法施行令例に規定された一般道路の法定速度60km/hの維持ありきで,それを上限として減算したことだけのことを,まるで科学的な考察したかのように示したものにすぎない。つまり,結論ありきの報告だといっても過言ではない。
ちなみに,被3(太田報告書)は,国立国会図書館のインターネット資料収集保存事業に記録された電子文書である。そして,太田報告書は,2009年10月26日に同事業によって保存されたものであり,そのインデックスは,同日に同事業が保存した警察庁交通局新着リスト≪被12≫にある。
2014年(H26)1月7日時点に置いて,同日付けの警察庁交通局新着リストの並ぶほかの電子文書は,当初のURLで閲覧が可能である。しかしながら,太田報告書は,当初URL(http://www.npa.go.jp/koutsuu/kisei39/kisei20090402-3.pdf)では閲覧できなくされている。同様に,太田報告書のタイトルである「規制速度決定の在り方に関する調査研究 報告書」でGoogle検索をしてもヒットしない。また,「規制速度決定の在り方に関する調査研究検討委員会」でGoogle検索をしても,太田報告書を引用した文書ならヒットするが,太田報告書そのものはヒットしない。つまり,太田報告書は警察庁のサーバーから抹消されている。これには,警察庁が意図的に抹消したとの疑念を禁じ得ない。
イ 速度規制基準の改訂
2009年(H21)10月29日,警察庁は,速度規制の策定基準を定めた内規「速度規制基準」を改定し,「交通規制基準」の一部改正について≪被13≫を通達した。
次の表は,「交通規制基準」の一部改正についての別添第32「最高速度(区域,自動車専用道路及び高速自動車国道を除く。)」から「規制速度の決定方法」を抜粋した。
区分 | 地域 | 車線数 | 中央分離 | 歩行者交通量 | 基準速度 |
1 | 市街地 | 2車線 | 多い | 40km/h | |
2 | 少ない | 50km/h | |||
3 | 4車線以上 | あり | 多い | 50km/h | |
4 | 少ない | 60km/h | |||
5 | なし | 多い | 50km/h | ||
6 | 少ない | 50km/h | |||
7 | 非市街地 | 2車線 | 多い | 50km/h | |
8 | 少ない | 60km/h | |||
9 | 4車線以上 | あり | 多い | 60km/h | |
10 | 少ない | 60km/h | |||
11 | なし | 多い | 50km/h | ||
12 | 少ない | 60km/h |
示された各区分の基準速度は,太田報告書のページ10の基準速度と同じである。
なお,同通達の別添第32種別「規制速度の決定方法」の2の項には,次のように記してある。
基準速度一覧表で設定した基準速度を最大限尊重しつつ,別表の補正要因の例示を参考にし,現場状況に応じた補正を行い,原則として基準速度から±10km/hの範囲で規制速度を決定する。
なお,この場合において,現行規制速度が実勢速度(85パーセンタイル速度*1)と乖離(概ね20キロメートル毎時以上)している道路においては,適切な規制速度となるように検討すること。
ウ 速度規制の見直し
警察庁は,2011年(H23)4月から2012年(H24)3月までの期間に実施した最高速度の見直しを実施し,2012年(H24)11月8日に実施結果を公表した。次の枠内は日経新聞(2012/11/8 10:23)≪被15≫より抜粋した。
道路の最高速度,9区間で70~80キロに引き上げ 生活道路では引き下げも
警察庁は8日,道路交通環境の変化などを受けて2009年度から進めてきた最高速度の見直し結果を公表した。11年度末時点で計2219区間(4046キロメートル)で見直し,大半が最高速度の引き上げ。バイパスなど自動車専用道路に近い「通行機能を重視した道路」9区間(79キロメートル)では,時速60キロメートルから同70~80キロメートルまで引き上げた。
一方,主に住民の日常生活に使われる「生活道路」135区間(80キロメートル)で,最高速度を従来の時速40~60キロメートルから同30キロメートルまで引き下げた。
警察庁は「実態に適合しなくなった規制を放置すれば,かえって交通事故の原因となり,規制に対する信頼や国民の順法意識を損ないかねない」としている。
最高速度規制の見直し状況(平成21年度~23年度)
第1回 交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会の資料4(速度規制の目的と現状)より抜粋
警察庁が発表した上記表において,警察庁は,一般道(一般道路)の36.2%を見直し,9区間を法定速度の時速60キロを超える速度に設定したとしている。しかしながら,法定速度を超えて速度規制がなされた道路は,以下の通り,特別な道路ばかりである。
- 時速80キロ規制に見直された道路
- 【栃木】一般国道408号:宇都宮北道路
- 時速70キロ規制に見直された道路
- 【北海道】一般国道337号:道央新道(当別バイパス・美原道路・美原バイパス)
- 宮城県道36号築館登米線:みやぎ県北高速幹線道路
- 【新潟】一般国道8号および一般国道7号:新潟バイパス,新新バイパス
- 【石川】一般国道159号:津幡バイパス
- 兵庫県道95号灘三田線:六甲北有料道路(北神バイパス)
- 【岡山】一般国道2号:岡山バイパス
- 宮崎県道10号宮崎インター砂土原線:一ツ葉有料道路
- 鹿児島県道17号指宿鹿児島インター線:指宿スカイライン
次に,法定速度の時速60キロを超えた制限速度が設定された上記9区間を分類する。
エ 道路整備上の分類と交通管理上の分類
次の表≪被14≫は,道路整備上の分類と警察が行う交通管理上の分類を統合したものである。
- 赤字は,速度規制が緩和された上述の9区間を示す
- 道路整備に関する法令は,その道路の役割のほか,建設費と償還の関係で区分数が多い
- 道路構造令には,建設費も償還も関係ないのでシンプルな区分となっている
- 地域高規格道路は,有料/無料,自動車専用道路/一部車両通行規制/車両規制なし,と多区分に分類されている
- 法定速度を規定する道路交通法施行令は,高速自動車国道とそれ以外の単純な区分となっている
- 道路構造令が分類する第1種/第2種,第3種/第4種の区分は地方部/都市部で分類することが規定されているが,地方部/都市部の区別に明快は定義は存在しない
以上のとおり,警察が大々的に発表した9路線の規制緩和は,一般道に対して行われたものではなく,すべて地域高規格道路である。その中には有料道路(指宿スカイライン・六甲北有料道路・一ツ場道路)や自動車専用道路(みやぎ県北高速幹線道路)を含み,新潟バイパスと新新バイパスを除き,車両の通行規制が行われている。
2012年(H24)11月8日の警察発表≪被15≫では,画期的な規制緩和が行われたかのようにされているが,2009年(H21)10月29日に速度規制基準が見直される以前から,道路交通法施行令に規定された60km/hを超える速度に緩和された一般道(高速自動車国道以外の道路)はいくつも存在する。自動車専用道路としては,首都高速湾岸線,阪神高速道路湾岸線,第三京浜,横浜横須賀道路,小田原厚木道路(平塚IC-厚木IC)などがあげられる。自動車専用道路以外では,横浜新道(新保土ヶ谷IC-今井IC),小田原厚木道路(厚木IC-小田原西IC)などがある。
速度規制基準の改訂はさておき,1960年(S35)に道路交通法施行令が施行から変わらないのは,道路交通法上の一般道(高速自動車国道以外の道路)の法定速度が時速60キロメートルとされていることだ。
オ 地域高規格道路
以下,国土交通省が2004年(H16)3月30日に発表した地域高規格道路の区間指定について≪被16≫より抜粋した。
- 国土や地域の骨格を形成し,広域の物流や交流を分担する広域幹線道路は,高規格幹線道路,一般国道,主要地方道から構成され,延長約12万キロに 及びますが,自動車専用道路として高い走行サービスを提供する高規格幹線道路と,その他の幹線道路では,走行速度等のサービスレベルに大きな格差があるのが現状です。
- このため,高規格幹線道路を補完し,地域の自立的発展や地域間の連携を支える道路として整備することが望ましい路線を「地域高規格道路」として指定し,自動車専用道路もしくはこれと同等の規格を有し,概ね60km/h以上の走行サービスを提供できる道路として整備を行っているところです。
次の図は,同発表(被16)の関東地方整備局管内地域高規格道路指定路線図である。
地域高規格道路は,自動車専用道路もしくはこれと同等の規格で整備されたものである。横浜環状2号線は横浜市道であるが,地域高規格道路として整備された道路であり,当然,自動車専用道路もしくはこれと同等の規格で整備されている。
なお,地域高規格道路の区間指定についてには「概ね60km/h以上の走行サービスを提供できる道路として整備」とされている。これに限らず,道路整備における(設計)速度は,渋滞を回避するために整備する新たな道路に対し,用地取得,造成方法やジャンクションの取り方,車線幅や中央帯などの道路の構造を決めるための指標である。
つまり,(設計)速度は,設計速度の条件を満たさないカーブの代わりにトンネルを掘ったり,道幅を確保するために山肌を削ったりと,最低条件を満たす作業のための指標である。
(設計)速度にあわせて,直線をわざわざカーブにしたりすることはないので,設計速度より速い速度で安全に走行可能な区間は存在し得る。(設計)速度が一定の区間での旅行速度を目標とするものであるから,とうぜんのことだといえる。
地域高規格道路の区間指定についてに設計速度と明示されていないので,ここまで(設計)速度とした。設計速度の定義に示すため,内閣府がおこなった最高速度違反による交通事故対策検討会の第3回資料8自動車の走行速度と道路の設計速度・最高速度規制との関係の冒頭に示された文章を次に引用する。
設計速度については,道路構造令(昭和 45 年政令第 320 号。以下「構造令」という。)第2条第 22 号において,「道路の設計の基礎とする自動車の速度をいう」と規定されている。
すなわち,「道路の幾何構造を検討し決定するための基本となる速度」であり,曲線半径,片勾配,視距のような線形要素と直接的な関係をもつほか,車線,路肩等の幅員を決定する直接の要因である道路の区分の考え方のもとにも,設計速度の概念が導入されており,幅員要素とも間接的な関係が保たれているとされている。
さらに,同資料から設計速度と走行速度との関係の項を抜粋する。
設計速度は「天候が良好でかつ交通密度が低く,車両の走行条件が道路の構造的な条件のみに支配されている場合に,平均的な運転者が安全にしかも快適性を失わずに走行できる速度である」とされている。「したがって,例えば設計速度が 80km/h の道路では,交通密度が小さければ普通の運転者は,少なくとも 80km/h の速度で,安全にしかも快適に走行することができる。しかし,道路の幾何構造の要素は自動車の走行安全性に対しては余裕をもたせており,線形等の条件が良ければ 80km/h を超える速度で安全に走行することも可能である。一般道においては,運転者は,道路線形等の幾何構造のほか,交差点等の状況,駐車車両や沿道との出入りの状況,歩行者等の存在や自動車の混み具合といった交通の状況,最高速度の制限等の交通規制の状況などに応じて適宜走行速度を選択している。このように実際の走行速度は,交通等の諸要因の影響を受けるので一律に規定することができないため,道路を設計する場合には,幾何構造を決定するための統一尺度として設計速度を設定している」とされている。
「(設計速度を超える速度で)安全に走行することも可能である」と記されているとおり,設計速度は,安全に走行できる上限速度ではない。一方,道路交通法第22条および第22条の2に規定された最高速度は,それを超過すること自体が違法行為とされる。それならば,すべての**において,車両が走行できる上限を定める規制速度は,設計速度より高い速度とされるのが当然である。
ましてや,設計速度がある程度長い区間で設定され,その中には設計速度より速い速度で安全に走行できる区間が存在し得るのに対し,規制速度はより短い区間で設定し得るからである。規制速度は,違法行為を取り締まる根拠となる速度であり,実際,速度取締りはピンポイントで行われるから,なおさら,設計速度より短い区間で精密に設定するべきものである。少なくとも,設計速度と同じ速度で最高速度を規制することには,何ら根拠はないといえる。
以上のとおり,警察庁が定めた速度規制基準は,統計学的公正さを欠いたデータを根拠にしているおそれがあり,また,算定プロセスの科学的合理性については,瑕疵があると言わざるをえない。
また,太田報告書とそれを受けての警察庁発表において,道路構造令の設計速度が速度規制基準の拠り所とされているが,これは失当である。設計速度は,路線全体の交通計画と整備予算によって決定されるものであり,特定区間を安全に走行する上限値を定めた速度ではない。一方,規制速度は,警察が特定箇所の一瞬を測定する速度取締りの根拠とされる。つまり,設計速度と規制速度は,目的がまったく異なるものであるゆえ,全国一律の規制速度の拠り所として,設計速度を引用することは不適当である。
2009年(H21)4月2日には「規制速度決定の在り方に関する調査研究」(委員長:太田勝敏氏)が,そして2013年(H25)12月26日には「交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会」(筆頭委員:太田勝敏氏)が実施され,速度規制とその取締りに合理性と民意が与えられたかのように見えるかもしれない。しかしながら,警察庁が人選を行い,警察庁が報酬を支払って行われる研究や会議で,警察庁の意向を慮ろうとする心理が働くことは当然である。警察庁は,「規制速度決定の在り方に関する調査研究」の結果をそのまま引用する形で,2009年(H21)10月29日,警察庁は,速度規制の策定基準を定めた内規「速度規制基準」を改定し,「交通規制基準」の一部改正について(被13)を通達した。しかしながら,そこに規定された基準速度は,昭和42年に定められた一般道の法定速度時速60キロメートルを頂点としていることは何らかわりはない。また,基準速度は,それぞれの道路条件において,法定速度から逓減的に規定している。具体的にいえば,時速50キロメートルという基準速度は,時速60キロメートルという上限値から引き算されただけの数値に過ぎない。そして,上限値である時速60キロメートルに合理性がなければ,そこから引き算されただけの数値にも合理性は存在しない。
その結果,自動車専用道路と遜色のない立派で安全な地域高規格道路でさえ,時速60キロメートルに規制されている。そして,時速60キロを頂点とした体系を繕うために,中央分離帯と完全な歩車分離が完備し,歩行者横断禁止の片側2車線道路にさえ,歩行者の危険性を材料にして(太田報告書),時速50キロに規制されてしまうのである。
生活道路は時速30キロ,少し広くなって時速40キロ,ここまでは妥当性があるし,誰もが納得する。もともと速度取締りが行われない道路だから,車両運転者らと警察との反目もない。つまり,住宅街の道路や生活道路の速度規制については,既にある程度の社会的合意が形成されているのだといえる。ひと握りの逸脱者をいかに抑止するかは別問題である。
大きな問題は,時速50キロから時速60キロに規制された道路に顕在する。片側2車線以上,完全な歩車分離,数kmにわたってほぼ直線,信号も少ない,横断者も存在しない,そんな道路でさえ,生活道路の規制速度から, たったの時速10~20キロしかプラスされていないのである。
先に記したとおり,ヨーロッパ諸国における一般道の規制速度は時速 80キロから時速100キロとなっている。道路交通法施行令に規定された時速60キロが,著しく低いことは誰の目にも明らかである。
(5)設計速度と最高速度との相違
警察庁は,速度規制を正当化する根拠として,道路構造令に規定された設計速度をひんぱんに持ち出している。「交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会」においても,後に示す「規制速度決定の在り方に関する調査研究(委員長:太田勝敏東洋大学教授)」においても,道路構造令に規定された設計速度が持ち出され,法定速度を正当化する拠り所とされている。
しかしながら,設計速度は,道路構造令の定める区分毎に上限値が定められており,そこから,曲線半径・曲線部の片勾配・視距・縦断曲線といった条件毎に引き算がなされているに過ぎない。そして,区分毎の上限値には,以下に記すとおり,科学的な根拠は何ら存在しない。
道路構造令は,まず,道路の種類を大きく次の通りに分類している。
地方部 | 都市部 | |
高速自動車国道及び自動車専用道路 | 第1種 | 第2種 |
その他の道路 | 第3種 | 第4種 |
道路の種類 | 計画交通量 | |||
10,000以上 | 4,000以上10,000未満 | 500以上4,000未満 | 500未満 | |
一般国道 | 第1級 | 第2級 | ||
都道府県道 | 第1級 | 第2級 | 第3級 | |
市町村道 | 第1級 | 第2級 | 第3級 | 第4級 |
種類と級に分けられた道路は次の表にしたがって,設計速度が決められている。
区分 | 設計速度(単位 1時間につきキロメートル) | ||
第1種 | 第1級 | 120 | 100 |
第2級 | 100 | 80 | |
第3級 | 80 | 60 | |
第4級 | 60 | 50 | |
第2種 | 第1級 | 80 | 60 |
第2級 | 60 | 50または40 | |
第3種 | 第1級 | 80 | 60 |
第2級 | 60 | 50または40 | |
第3級 | 60,50または40 | 30 | |
第4級 | 50,40または30 | 20 | |
第5級 | 40,30または20 | ||
第4種 | 第1級 | 60 | 50または40 |
第2級 | 60,50または40 | 30 | |
第3級 | 50,40または30 | 20 |
つまり,曲線半径・曲線部の片勾配・視距・縦断曲線といった指標に関係なく,行政上の道路の区別で上限値が決められているのである。
そもそも,道路構造令の定める設計速度は,道路を計画する段階において,道路全体,あるいは数キロメートルを超えるような長い区間に対し設定されるものであり,ピンポントの超過が違法行為とされる道路交通法上の最高速度とは,設定目的の根本が異なっている。
ここで,2008(H20)年12月24日より2009(H21)年3月20日にかけて内閣府がおこなった最高速度違反による交通事故対策検討会における第3回資料8自動車の走行速度と道路の設計速度・最高速度規制との関係≪被17≫の冒頭に示された文章を引用する。
設計速度については,道路構造令(昭和 45 年政令第 320 号。以下「構造令」という。)第2条第 22 号において,「道路の設計の基礎とする自動車の速度をいう」と規定されている。
すなわち,「道路の幾何構造を検討し決定するための基本となる速度」であり,曲線半径,片勾配,視距のような線形要素と直接的な関係をもつほか,車線,路肩等の幅員を決定する直接の要因である道路の区分の考え方のもとにも,設計速度の概念が導入されており,幅員要素とも間接的な関係が保たれているとされている。
さらに,設計速度と走行速度との関係の項を抜粋する。
設計速度は「天候が良好でかつ交通密度が低く,車両の走行条件が道路の構造的な条件のみに支配されている場合に,平均的な運転者が安全にしかも快適性を失わずに走行できる速度である」とされている。「したがって,例えば設計速度が 80km/h の道路では,交通密度が小さければ普通の運転者は,少なくとも 80km/h の速度で,安全にしかも快適に走行することができる。しかし,道路の幾何構造の要素は自動車の走行安全性に対しては余裕をもたせており,線形等の条件が良ければ 80km/h を超える速度で安全に走行することも可能である。一般道においては,運転者は,道路線形等の幾何構造のほか,交差点等の状況,駐車車両や沿道との出入りの状況,歩行者等の存在や自動車の混み具合といった交通の状況,最高速度の制限等の交通規制の状況などに応じて適宜走行速度を選択している。このように実際の走行速度は,交通等の諸要因の影響を受けるので一律に規定することができないため,道路を設計する場合には,幾何構造を決定するための統一尺度として設計速度を設定している」とされている。
このように被17は,設計速度が安全に走行できる上限値を規定したものではなく,道路の幾何構造を決定するための統一尺度に過ぎないことを示している。
一方,道路交通法第22条および第22条の2に規定された最高速度は,それを超過すること自体が違法行為とされる。
仮に,違法行為の区切りとなる最高速度が,設計速度と同じ速度に設定されていて,そして最高速度を根拠に速度取締りが行われているとしたら,過罰的違法性の小さい速度超過に対しても,不利益処分が執行されていることになる。
ところで,一般に,速度超過に対する不利益処分は,一般道で時速20キロメートルの超過まで,高速道路では時速30キロメートル程度の超過までは検挙対象にならないと言われている。そして,警察は,「悪質性・危険性の高い違反を取り締っている」とひんぱんに広報している。しかしながら,これら警察広報は,最高速度が交通実態に照らし不当に低いことを容認させる材料にはならない。なぜなら,一般道において,時速10キロメートルの超過であっても,不法行為であることに変わりはなく,罰則が存在するからである。
設計速度と同程度の最高速度を前提とし,一般道で時速10キロメートル程度の速度超過が検挙対象とされていないとしても,そのことに社会的合意は存在せず,警察の裁量を拡大しているに過ぎない。
そもそも,ピンポイントで行われる速度取締りは,設計速度より短い区間で精密に設定すべきものである。もし,漫然と設計速度と同じ速度に最高速度を設定されているとしたら,それは交通管理者が規制責任を道路管理者へ転嫁していると言わざるを得ない。
(6) 速度規制に対する統計学的な考察
下図≪被18≫右軸に示すパーセンタイル速度は,統計学上の分位数である。50パーセンタイル速度は,統計対象となる道路を走行する車両の中央値であり,一定の母数があれば,平均速度と概ね一致する。道路においては,路線の制約によって,先行する車両の走行速度に合わせる必要が発生することから,平均速度付近に分布は集中する。また,平均速度から上下に離れるほど分布が小さくなることを示している。
下図≪被18≫左の図形は,特定の道路区画を走行するクルマの分布を示した。下図右の図形は,下図左の図形に後述するソロモンカーブに基づく事故リスクを投影したものである。濃度が薄いほど,事故リスクが小さいことを示している。
なお,規制速度が50パーセンタイル速度を下回っているのは,一の第2の4に掲げる本件速度取締り区間における,超音波車両感知器の2013年5月のデータを参照した。
「流れに乗って走っていたら,規制速度を超えていた」と車両運転者が感じる道路は,少なくともその時間帯において,規制速度が50パーセンタイル速度を下回っている。
(7)85パーセンタイル速度
理由は後述するが,道路交通法施行令第11条に規定された法定速度にも,法定速度の正当性の一翼を担う道路構造令上の「(法定)設計速度」にも科学的な根拠はない。一方,パーセンタイル速度は統計的な根拠を持つ。85パーセンタイル速度は,全体の85パーセンタイルが含まれる速度の値であり,いわば,車両運転者らの良識を数値化したものである。
(8)ソロモンカーブ
右に示す図表は,1964年にアメリカのデイビッド・ソロモンが発表した車両走行速度毎の事故に関与する確率曲線でソロモンカーブ≪被19≫と呼ばれている。ソロモンは,1万件以上の事故データを基に,道路・運転者・車両の特性から,事故に関与する確率に関する総合的な研究を行った。 ソロモンカーブは,速度が速いことが事故の要因に直接関係していないことを示しており,現在も欧米で交通工学に応用されている。
ソロモンカーブは,日本のドライバーとライダーがはがゆいまでに感じている,次の2点を如実に示している。
- 危険なのは速度でなく速度差である
- 規制速度という任意の値を超えたからといって危険ではない
ソロモンカーブは50パーセンタイル速度よりやや速い速度でもっとも事故リスクが低くなることを示しており,その事故リスクの最下限速度からより速い速度に向かっての曲線は緩やかにしか上昇しない。このことは,平均速度より少し早い速度で走行する車両の方が,事故リスクが低いということを示している。
被18の右図で真ん中より少し上側が薄くなっている(安全を示している)のは,ソロモンカーブを投影したからだ。
同様に,交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会において,警察庁が提出した資料(被9・被10)で為したように,高速道路のような幹線道路がいたるところに整備された日本で,幹線道路と住宅街の生活道路を一絡げに論じることは,交通工学的に意味がない。
(9)警察は事故リスクの小さな違反ばかりを取り締まっている
下の図≪被20≫は,被18(最初の挙げた図表)の右に,警察が行っている速度取締りの傾向を配置したものである。
警察庁が全国一律に適用している時速60キロメートルという法定速度がシーリングとなり,規制速度が平均速度さえ下回っている道路は無数に存在する。もちろん,取締りの対象に超過の上限はないが,取締り対象の下限速度に近いほど,対象となる車両は多い。被20(上図)中の右図はそのことを分かりやすく示したものだ。このように,警察は,平均速度を少し上回った程度の,事故リスクが小さな違反に対し,警察力を行使し,不利益処分を課しているのである。
ソロモンカーブも含めて,ここまでの内容は,日常的に運転を行う誰もが感覚的に知っていることである。それらが世論にならないのは,恐怖に訴える論証≪被21≫を多用した警察広報の効果だといえる。 警察は,悲惨な交通事故を持ち出しては,人々に恐怖と先入観を植えつけ,「交通違反は犯罪だ」「悪質な違反は許さない」などと,恐怖に対する対応策が警察の交通取締りであることをアピールしている。こうしたセンセーショナルな警察広報は,もともと情緒的な日本人の不安を煽り,「厳罰化やむなし」の風潮を形成する原動力となっている。
そして,人々の不安は,歩行車対車両の事故における加害側,つまり車両運転者への敵意となっている。警察広報によって惹起させられた「かわいそう」という感情は,車両運転者への過激で攻撃的な言動を正当化させ,車両への敵意に容易に変換されてしまうからだ。
「第3回交通事故防止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会」において,国家公安委員長が「歩行者の飛び出す危険性もない道路」を前提とした発言が同懇談会の発端であるにもかかわず,警察庁は,歩行者のいる道路における対歩行者事故の危険性を提出した資料(被9・被10)で強調した。この警察庁の行為は,恐怖に訴える論証を作用させる意図があると疑わざるを得ない。
4.本件取締り区間における速度規制および速度取締りの選定方法
規制速度の妥当性を科学的に判断するために,最も重要なのは,それぞれの道路における車両の速度と取締りのデータである。本件取締りを争うにあたって,被告人は,神奈川県内で県警がひんぱんに速度取締りを行う道路区間をピックアップし,超音波車両感知器が記録する速度データ,それから事故の発生件数と取締りの件数の情報開示請求を行った。
本件訴訟の舞台となった横浜環状2号線の区間は,過去3年間に人身事故が年間1件しか発生していない区間であった。そして,規制速度時速50キロに対し,超音波感知器による平均速度は,時速70キロを超えていることが判明した。≪被25より被37≫
ちなみに,速度データは露骨な公開拒否にあいながらも何とか取得したが,取締り件数については,県警の頑なな公開拒否でなにも取得できなかった。
被告人が情報公開請求の過程を音声や動画で記録したのは,これらのデータを警察が公開拒否することが容易に推測できたからである。情報公開請求の過程において,神奈川県警は,あるものを「ない」として非公開にしたり,存在を確認して請求しているのに,目的物をすり替えたり,ただ「ない」の一点張りであったり,理由にならない拒否理由をあげてみたり,その拒否理由に正当性がないことを指し示すとまた「ない」の一点張りに戻ったり,やっと出したと思ったら真っ黒に塗りつぶされていたりと,さまざな手段を用いて,被告人の知る権利を阻害した。≪被39より被58≫
5.一 法令適用の誤り(刑事訴訟法第380条)のまとめ
以上のとおり,本件速度取締り区間はもちろん,すべての道路の速度規制は,法定速度の影響を受けている。そして,法定速度を規定した道路交通法施行令11条は,道交法第22条の授権の範囲を超えており,違法といわざるを得ない。
また,本件速度取締り区間は,規制速度が実勢速度に比して時速23キロメートル以上低くなっており,規制と現実の乖離が甚だしい道路である。それにも関わらず,原判決は,単に測定値だけをもって違法としたに過ぎない。よって,原判決は,犯罪の構成要件としての違法性を適正に評価していないといわざるを得ず,破棄されるべきである。
二 量刑不当
以下のとおり,原審判決の下した被告人に対する量刑は不当であるから,その破棄を求める。
1.本件取締り区間の速度規制は,道路環境および交通実態に照らし不当に低く,不適正である
原審において,本件速度取締りで速度測定器が置かれた場所に程近い位置にある超音波車両測定器が記録する速度データを情報公開請求**した。≪被22・被24・被25・被2*≫
同年7月26日,被告人は,超音波式車両感知器の取扱説明書または仕様書,ただし平均速度を算出するための計算式が分かるものを情報公開請求し,それを取得した。≪被27・被27の2≫
被告人は,被25の速度データから日別および時間帯別の平均速度を算出した。同年開示された資料から算出した同年5月度の平均速度は時速73.4キロメ-トルであった。これは平均速度が規制速度を時速23.4キロメートル超過していることを示す。≪被28・被29≫
なお,被告人は,本件取締りが行われた地点の実勢速度ないし超音波車両感知器の速度データを比較するため,横浜環状2号線上の本件取締りが行われた場所から約1km先の横浜アリーナ,および,横浜市鶴見区東寺尾6丁目35付近の国道1号線上に設置された超音波車両感知器が記録する速度データを情報公開請求した。そして,神奈川県警察が同年8月19日に公開したデータから平均速度を算出した。なお,ともに中央帯側のデータを用いた。≪被30・被31・被32・被33・被34・被35≫
被31・被32に示した横浜アリーナ近くの地点における平均速度は時速37.73キロメートルである。このように,信号までの距離が短く,歩行者が存在する区間においては,同じ路線上の同じ規制速度の道路であっても,車両の速度は遅いことがわかる。
被34・被35が示した国道1号線の平均速度は,時速62.47キロメートルである。この区間は,時速60キロメートル規制であるが,被告人が少なくとも1000回以上走行した経験において,時速60キロメートルを超過する車両は極めて多い。それでも本件取締り区間よりも,超音波車両感知器が測定した平均速度が遅いことがわかる。
本件取締り区間だけでなく,ほかの区間の速度データを証拠としたのは,相対的な参照を行うことによって,超音波感知器の精度を検証するためである。被28・被29・被31・被32・被34・被35に示した速度データは,被告人の実感する速度と概ね一致する。少なくとも,規制速度と実勢速度の乖離の度合いは,一律ではなく,区間によって異なっている。そして,本件取締りは,もっとも規制速度と実勢速度の乖離が著しい場所である。
2.取締り区間において,交通事故はほとんど発生していない
2013年(H25)7月21日,被告人は,神奈川県RFに対し,本件速度取締りが行われた区間で発生した人身事故の件数を示す文書を情報公開請求した。≪被36≫
神奈川県警は,同年7月23日付けで,該当文書を被告人に公開した。開示されたデータによれば,2007年から2012年までの5年間で当該区間で起きた死亡事故はゼロ。重症事故は1件,軽症事故は10件であった。直近の3年間においては,軽症事故が年に1件づつ発生しているだけである。これら事故はすべて車両相互の事故であり,車両と歩行者の事故は発生していない。このことは,本件取締り区間が,歩行者の飛び出すおそれのない安全な道路だということを示している。≪被37≫
3.検挙数をノルマ化し,規制速度と実勢速度がかけ離れた道路ばかりで取締りを行っても,交通事故を減らす効果はない
同じ2013年(H25)6月7日,被告人は,神奈川県に対し,警察署および執行部隊別の交通取締りの目標件数と実績件数を示す文書を情報公開請求した。
これに対し,神奈川県警察は,実績値を開示したものの,目標値に対しては,文書のほとんどを真っ黒に塗りつぶして公開した。 ≪被4≫
2013年(H25)7月21日,被告人は,神奈川県に対し,本件速度取締りが行われた区間における速度違反の検挙件数を情報公開請求した。≪被39≫
これに対し,神奈川警察は,2013年(H25)7月25日付け文書において,警察署単位の行政文書は作成も取得もしていないなどという理由をもって,公開を拒否した。≪被40≫
2013年(H25)10月3日および翌日4日,被告人は,神奈川県に対し,特定路線の特定区間を指定したうえ,速度違反の検挙件数の情報開示を求めた。≪被41・被42・被43・被44≫
これに対し,神奈川県警察は,2013年(H25)10月11日付けの文書において,「道路交通法違反検挙状況の統計は,警察署単位で作成している行政文書ですので,公開請求に係る特定場所における行政文書は,作成も公開もしていないため存在しません。」として公開を拒否した。≪被45≫
2013年(H25)10月18日,被告人は,神奈川県警交通指導課の大内警部補に対し,2013年(H25)10月11日付けの公開拒否について,被告人が抽象的に取締りデータを求めたにもかかわらず,それを「警察署単位で作成している行政文書」に置き換え,しかも,何ら情報公開請求者である被告人に何ら請求内容を確認することなく,公開拒否をしたことについて説明を求めた。それに対し,大内警部補は,補正する必要はないことを明言した。≪被46・被47≫
2013年(H25)10月20日,被告人は,速度取締りをひんぱんに見かける場所について,路線別・執行部隊別の検挙件数および一件別のデータの情報公開を請求した。≪被48≫
2013年(H25)10月21日,被告人は,第一交通機動隊の車種別違反別検挙状況を含む情報の公開を請求した。≪被49≫
2013年(H25)10月24日,被告人は,神奈川県警交通指導課の大内警部補に対し,被41から被44の開示請求ついて,行政制度を習熟し得ない一市民の情報公開請求を,文書を所有する行政のが何ら教示せず,一方的に不開示とすることのないよう求めた。≪被50≫
2013年(H25)10月28日,神奈川県警交通指導課の大内警部補は,被告人に対し,データは抽出できない,文書は廃棄したことを理由として,公開拒否の打診をした。≪被51≫
2013年(H25)10月30日,県警交通指導課大内警部補は,被48と被49について,電話で非公開を伝えてきたので,被告人は,その理由を追求した。 大内警部補は,非公開の理由が県情報公開条例にあるというので,神奈川県情報公開室に電話をつなぎ,担当者に説明をさせた。 内容を説明させ,被告人はそれが非公開の理由になり得ないことを示し,県情報公開室の担当者もそれを認めた。それでも, 大内警部補は,非公開の決定を変えようとせず,ひたすらデータを出すことができないと繰り返し続けた。≪被52・被53・被54≫
2013年(H25)10月31日,県警交通指導課大内警部補に代わって県警交通指導課モトキ警部は,被告人に電話で連絡を取った。被48と被49について,公開を検討する旨を被告人に伝えた。≪被55≫
2013年(H25)11月20日,県警交通指導課は,被48については公開拒否,被49については一部公開決定を通知した。しかしながら,被告人が受け取った文書は,文書のほとんどが真っ黒に塗りつぶされていた。≪被56・被57・被58≫
神奈川県警が黒塗りで公開したことの正当性はさておき,交通取締りに検挙目標が数値*されている事実は明らかである。そして,検挙目標の存在によって,取締り現場の警察官が,過罰的違法性の低い交通違反に対しても,それを検挙対象とし,検挙目標を達成しようと意識付けられることに疑いの余地はない。そして,低い法定速度の影響を受けた
そして,本件取締り区間は,被28・被29が示すとおり規制速度が平均速度さえ下回るほど乖離しており,また,被37が示すとおり交通事故は少ない。これらのことから,本件速度取締り区間における取締りの目的は,交通事故を減らすためではなく,検挙目標を達成するために行われていると言わざるを得ない。
***訴状訂正申立書に追記あり*
5 二 量刑不当(刑事訴訟法第381条)のまとめ
以上のとおり,本件速度取締りは,規制速度と実勢速度が乖離した区間で行われており,警察法第2条第2項はもちろん,法の下の平等の理念に反し,違法であるといわなければならない。とうぜん,被告人に対する量刑は重過ぎる。
三 事実誤認(刑事訴訟法第382条)
原裁判において,検察は被告人側が申し出た17の証拠に対し,3つを除き,ほか全ての証拠を不同意とした。そして,原裁判所は,検察が不同意とした14の証拠のうち,1つを除き,ほか全ての証拠を不採用とした。
刑事訴訟法第317条により,裁判所が被告人側の証拠を検察の不同意にまかせて不採用とするなら,被告人側の主張が事実認定されることはなく,検察の主張ばかりが事実として扱われることとなる。一方,原告側が検察の証拠を不同意としても,刑事訴訟法第323条の規定によって,容易に覆される。
このように被告人に極めて不利な刑事訴訟法と刑事訴訟法規則の法理を鑑みれば,裁判官が公正な審理を行うためには,検察の不同意があったとしても,裁判官は,積極的にそれらを証拠として採用し,検討すべきではないだろうか。我が国に対しては,個別の冤罪事件のみならず,刑事訴訟制度そのものに国内外からの批判あることをを慮れば,なおさらである。
また,原裁判所が不採用とした以下の証拠には,弁2から弁3をはじめ,弁*など,違法性阻却理由を検討するために必要な証拠が含まれている。
***為された原判決は,とうてい公正な審理が行えたといえず,それ以前に事実誤認があるので破棄を求める。
なお,被告人は,原裁判の弁護人が,被告人に相談なく,それらを撤回したことを7月30日に知った。しかしながら,公判前整理手続きのない地裁単独事件の基礎報酬7万7000円で仕事をする国選弁護人に対し,そもそも大した弁護活動が期待できるはずもなく,被告人もそれを咎める気はない。東京高等裁判所第8刑事部におかれましても,国選弁護人が**の了解を得ることなくした行為を理由として,本控訴趣意書の主張を反故にすることのないよう上申する。
以上