平成27年2月27日宣告 裁判所書記官 小暮武久
平成26年(う)第1049号 

判 決

本籍 横浜市港北区大豆戸町180番地205
住居 〒221-0061 横浜市神奈川区七島町9-5 マック大口コート205号

会社員

野村 一也

昭和40年2月25日生

 

上記の者に対する道路交通法違反被告事件について,平成26年5月20日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官神田浩行出席の上審理し,次のとおり判決する。

主 文

本件控訴を棄却する。

理 由

本件控訴の趣意は,弁護人私市大介作成の控訴趣意書並びに被告人作成の控訴趣意書,控訴趣意補充書,控訴趣意書訂正申立書及び意見書にそれぞれ記載されたとおりである。

第1 事実誤認をいう論旨について

被告人の論旨は,要するに,原裁判所は,被告人側が請求した証拠のうち,検察官が不同意の意見を述べた14点の証拠のほとんどを採用しなかったが(原審弁護人が被告人に相談することなく撤回した) ,検察官が不同意の意見を述べても裁判所が積極的に証拠として採用して検討すべきであった,などというのであり,その実質は訴訟手続の法令違反があるとの主張であると解される。しかしながら,不同意とされた伝聞証拠は原則として証拠能力がなく,また,弁護人が証拠請求を撤回した際に被告人が異議を述べたような形跡もないのであるから,原審の訴訟手続に法令違反があるとは認められ
ない。

論旨は理由がない。

第2 法令適用の誤りをいう論旨について

1 弁護人の所論は,道路交通法22条1項前段は,道路標識等によりその最高速度が指定されている道路において最高速度を超える速度での車両の進行を禁止し,同法はその違反に対し罰則を設けている(同法118条1項1号)が,道路標識等による速度規制は同法4条により都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という)に委任されており,いわゆる白地刑罰法規に当たり,罪刑法定主義を定める憲法31条に違反し,違憲無効で、あるというものである。しかしながら,指定最高速度を超えて道路を進行しではならないという構成要件自体は明確に法律で定められているところ,最高速度の指定は道路状況等に応じて個別にされるべきもので,その性質上全国一律に定め得るものではなく,その指定権限を公安委員会に委ねている(道路交通法4条1項)のは事の性質上当然のことである。全国の道路について,道路の新設,改廃や道路状況の変化等に応じてくまなく法律で指定することは非現実的であり,同項の趣旨に沿って具体的な最高速度の指定を公安委員会が行うことが罪刑法定主義に反するとしづ所論は採り得ない。

2 弁護人及び被告人の所論は9 横浜市港北区新横浜1丁目19番地20付近道路(以下「本件違反場所」という)の最高速度を道路標識により時速50kmと指定していることは,その交通量や実勢速度等に照らし,道路交通法1条の目的達成との関係等において必要な限度を超えて著しく遅い速度に指定したものであって,本件違反場所の最高速度の指定は違法,無効なものであって,被告人は無罪であるというものである。
原判決の認定した犯罪事実の要旨は, i被告人は,平成25年5月16日午後3時48分頃,道路標識によりその最高速度が時速50kmと指定されている本件違反場所において,その最高速度を約43km超える時速約93kmで普通自動二輪車を運転して走行した」というものである。したがって,仮に本件違反場所における最高速度の指定が違法,無効であっても,被告人には法定最高速度(道路交通法施行令11条により時速60 km) 違反の罪が成立することになるが指定最高速度違反と法定最高速度違反とでは速度超過の程度が異なるので,以下,本件違反場所における最高速度の指定について検討する。

(1) 前記のとおり, 道路標識等による最高速度の指定は道路交通法4条1項による公安委員会の交通規制の一環として行われているものであるところ,その規制権限が公安委員会に委任されているのは,地域全体あるいは道路の構造等に基づいて一律に最高速度を決めることは相当でなく,公安委員会が法の委任の範囲内において各道路における交通の実情に即してその裁量により定めるのが妥当であると考えられたからにほかならない。したがって,公安委員会がした最高速度の指定は,法の委任の範囲内で専門的裁量に基づいてされた限りにおいては適法で、あり,その裁量を濫用,逸脱したと認められる場合に初めてその効力が否定されるべきものと解される。すなわち,公安委員会の行う交通規制は,同項の定めるとおり,①道路における危険の防止,②その他交通の安全と円滑を図ること9 及び③交通公害その他の道路の交通に起因する障害を防止することを目的にしており,これらの目的に適合するようその専門的裁量に基づいて実施されたものであれば,公安委員会の指定は違法,無効とはならないというべきである。

(2 ) 公安委員会は平成16年に本件違反場所を含む通称市道環状2号線の横浜市鶴見区上末吉5丁目9番13号先(上末吉交差点)から同市神奈川区菅田町2967-1先(環2陸橋北側)までの約8100mの区間の最高速度を時速50kmに指定している(当審検1。以下「本件規制区間」 という)。

当審証人馬場広人の供述等の関係証拠によれば,この指定については次の事実が認められる。

本件規制区間の最高速度の指定は,平成16年にされたものであるが,警察庁が交通規制を実施する場合の標準として通達で示している現行の交通規制基準(平成23年2月4日付け警察庁丙規発第3号,丙交企発第10号,検7)が定められてからこれに適合するか否かが再検討され,次のとおり,本件区間については特に指定最高速度を変更する必要がないと判
断されたものである。

前記交通規制基準によれば,一般道路については,①市街地で車線数が4車線以上あり中央分離帯が設置され,歩行者通行量の多い道路(701人/12 h以上)は基準速度が時速50kmとされ,②その上で補正要因(安全性の確保,生活環境の保全,道路構造,沿道状況,交通特性等) を考慮して現場状況に応じた補正を行い,原則として時速+10kmの範囲で規制速度を決定することとされ,③さらに,現行規制速度が実勢速度 (8 5パーセンタイノレ速度)と概ね時速20km以上靖離している道路においては,適切な規制速度となるよう検討することとされている。

本件規制区間については,平成19年度の交通量調査報告書によれば本件違反場所から約63 0メートル離れた新横浜駅入口交差点では12時間で2万人を優に超える歩行者通行量があり,人家や商店が多いこと(検9,馬場証言)から前記基準の歩行者通行量の多い道路に該当しその他の前記①の要件をも満たすことから,本件規制区間の基準速度は時速50kmになる。次に,補正要因のうち,安全性の確保の点は,環状2号線は交通事故の発生が多く,道路構造の点についても,縦断勾配があったりカーブしたりしている箇所も少なくないため,上方補正要因はなく,沿道状況の点についても人家や商店が多く,交差点の間隔も狭く,交通特性の点についても歩行者が多いことから上方に補正するに適した区域とはもいえない。

そうすると,通行車両の実勢速度が高くてもそれは補正要因の一つにすぎないことから全体としては上方に補正すべきであるとはいえず,現行の交通規制基準に照らしでも同区間については指定最高速度を変更する必要はない, というのである。

(3 ) 前記交通規制基準のうち,本件に関係する一般道の最高速度の指定に関する部分(「第33 最高速度(区域,自動車専用道路及び高速自動車国道を除く) 」との部分)で示されている基準を検討すると,その考慮、要素等には特に不合理な点はなく,前記(1)①ないし③の交通規制の目的に適合するものである。本件違反場所を含む本件規制区間における最高速度の指定は,前記(2)のどおり,この基準に沿って検討しでもこれを変更する必要はないとされたものであり,その基準への当てはめに誤りがあるとは認められず,また,その当てはめの前提となる事実に誤認があるも認められないので,道路交通法による委任の範囲を超えて公安委員会がその専門的裁量を濫用,逸脱して最高速度の指定がされているとはいえず,これが違法,無効であるとはいえない。

所論は,法定最高速度自体が不合理に低く定められ,指定最高速度もその影響を受けて低く定められる傾向があるともいうが,前記基準によっても法定最高速度を上回る最高速度の指定ができないわけではなく,法定最高速度について人口密度や道路状況の異なる外国との比較をいう所論も当を得たものではない。また,本件規制区間の事故発生数と走行速度との関係、は実証されているとはいえないが,一般に事故時の車両の走行速度が速ければ結果も重大なものになりやすいことは肯認できるので,補正要因である道路の安全性の確保について,事故の発生件数をその指標として判断することが不合理であるともいえない。

(4) もっとも,本件違反場所は,環状2号線とJR横浜線とが交差する新横浜陸橋の岸根町側の上り坂に変わる付近の導流帯上であり,歩行者が道路を横断したり路端を車両と並行して進んだりする危険の乏しい場所であり,進行方向の坂の頂上付近までの見通しは極めてよい(甲4) 。また,本件違反場所付近に設置されている超音波車両感知器のデータ(新横浜駅方面に向かう第2通行帯のもの)によれば,平成25年5月期の通行車両の平均速度(5分換算値)は,概ね時速70kmを若干超える程度で推移していることが認められる(当審被26)。ただし,超音波車両感知器は渋滞判定や区間車両旅行時間の推計等に用いる機器であり,平均速度のデータは,感知パルス信号数(5分車両台数)と感知パルスカウント(5分占有時間)を基に固定車長(感知領域約1. 2mを含む)を6. 4mとして計算したものであるから,もともと正確性に難があり(検5), 定されている固定車長は,感知領域分を差し引いても乗用車等の通常の車長と比較するとやや長めであることからすれば,実際より高い数値となっている可能性が高いと考えられるが,車長を若干短めにとって再計算しでも平均速度は指定最高速度を大幅に超えており,本件違反場所を通行する車両の大半は指定最高速度の時速50kmを超える速度で通行していたことが推認される。
そうすると,本件違反場所に限って見れば,歩行者等の考慮の必要性は低く 事故の危険性はさほど高くはなく,また,実勢速度を下回る最高速度の指定をすることは運転者の交通法規に対する規範意識の低下を招くおそれもあるので,規制の合理性に全く疑問がないわけではない。

(5) しかしながら,最高速度の規制は,均一な交通流を確保することにより,交通の安全と円滑を図り,併せて道路交通に起因する障害を防止する目的で行われるものであるから(検7) ,同一道路について短い区間で頻繁に最高速度が変更されることは望ましくなく,約8キロメートルの区間を同ーの規制区間としたことには合理性があり,そうであるとすれば,本件違反場所付近だけではなく,本件規制区間全体の道路状況を考慮して最高速度が指定されるべきであることは当然である。本件違反場所は新横浜陸橋の入口付近で上り坂にかかる辺りであるが,交差するJR横浜線の軌道上付近からは下り坂となり,約450m先で、新横浜駅前の信号機のある交差点に達し(甲4) ,上り坂でスピードを出しすぎると,下りで加速して新横浜駅前交差点で信号待ちをしている車両に追突するおそれもあるほか(前記馬場証言) ,歩行者が通行しない新横浜陸橋や歩道橋の設けられている新横浜駅前交差点等であれば,歩行者の安全は考慮要素とはいえないとしてもその先の新横浜駅入口交差点では横断歩行者数が極めて多いことは前記のとおりであり, また, 同じ環状2号線上り車線の横浜アリーナ前中央側に設置された車両感知器のデータ(当審被30 。平成23年5月期のもので,そのうち,その感知パルス信号数等からみて信号待ちゃ渋滞の影響があると推認されるような低い平均速度のデータは除外する)によれば,その期間の平均速度は概ね指定最高速度程度であり,実勢速度と大きな求離があるともいえない。これらの点に加え,本件規制区間に係る前記(2)の事情をも併せて考慮すると,本件違反場所につき最高速度を時速5,0kmとした公安委員会の指定が不合理なものであるとは認められな 。

したがって,本件違反場所に係る最高速度の指定が違法,無効であるとする所論は採り得ない。

3 被告人の所論は,本件違反場所(取締区間)は,事故の少ない安全な道路で,規制速度が実勢速度を大幅に下回っており,このような地点でばかり速度違反の取締りをすることは警察法2条1項の定める警察の責務の範聞を超えており,取締り場所等を知らない運転者のみが検挙されるのは法の下の平等にも反し,速度違反の取締りは違法で、あるなどというものである。

確かに,本件違反場所は,上り坂に差し掛かる地点であり,車両の運転者としては坂の途中で減速しないよう加速しやすい場所であって,また,実勢速度が規制速度を上回っていることがうかがわれることも前述のとおりであるが,前記のとおり,本件違反場所を進行してJR横浜線と交差する坂の頂上付近を越えるとすぐに交通頻繁な新横浜駅付近を通過することなどからすれば,この地点における取締りの必要性は優に認められ,その取締りが不合理で違法であるなどとはいえず「 所論は採用できない。

その他,所論が種々主張する点を検討しでも,独自の見解をいうものなどであって,原判決に法令適用の誤りがあるとは認められない。

第3 量刑不当をいう論旨について

論旨は,本件違反場所の道路環境及び交通実態に照らし指定最高速度が不当に低く,不適切であり,その取締りは法の下の平等の理念に反するものであるから,その量刑は不当に重い,などというものである。
しかしながら,本件違反場所の速度規制が違法,無効で、ないことや本件違反場所付近の道路状況等は既に説示したとおりであり,指定最高速度を約43km超えた時速約93kmで進行したという違反の程度等に照らすと,罰金8万円に処した原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえず,もとよりその速度違反により被告人を処罰することが法の下の平等に反す
るともいえない。

論旨は理由がない。

よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費 用を被告人に負担させないことについて同法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。

 

平成27年2月27日

東京高等裁判所第8刑事部

裁判官 大島隆明
裁判官加藤学
裁判官安藤祥一郎