2014(H26)年(行ウ)第22号 「歩行者が出てくる危険性もない道路」で行われる速度取締りによる処分取消し請求事件
原告 野村一也
被告 神奈川県
意 見 陳 述 書
2014(H26)年6月16日
横浜地方裁判所第1民事部合議A係 御中
原告 野村一也
本件取締りの行われた区間は、規制速度は時速50キロメートルであるが、甲16号証で示したとおり、2013年5月度の平均速度が時速73キロメートルを超えている。そして、規制速度を大きく超過した速度で車両が流れている道路区間はたくさん存在する。
私は、運転免許を取得して30年弱、これまでの運転距離は30万キロを越える。そして私は、運転には極めて慎重である。しかしながら、1時間も運転したなら、いつも数え切れない道路区間で規制速度を超過する。ただし、私は公の場所でそのことを口にするのは、これが初めてである。なぜなら、速度違反を交通事故の原因に直結させてしまう人たちが多く存在し、それが世論となっているからである。
そして、この世論を形成する原動力は警察広報である。具体的には、県内のあらゆる道路に設置された「死亡事故多発」「緊急対策実施中」の電光掲示板。テレビやラジオでは「交通ルールを守りましょう」。警察施設に貼られたポスターでは「交通違反は犯罪だ!」。これら交通安全スローガンのうち、「死亡事故多発」を代表に、警察広報では「悲惨な事故」が多発していることが強調されている。
警察庁の交通事故統計においても、「悲惨な事故」の多発が強調されがちである。そして、交通事故統計は、警察白書にも掲載され、交通施策のバックボーンとなっている。しかしながら、交通事故統計の受傷程度を詳しくみれば「悲惨な事故」は多発していないことが明らかとなる。
まず、甲66号証(警察庁発表の交通事故の発生件数・死傷者数の推移)において、1970年から重症者と軽症者が分類されにもかかわらずグラフには織り込まれていない。そこで重傷者と軽症者の内訳がわかるようにグラフ(甲67号証)を作成した。
人身事故のほとんどが軽症者で占められていることがわかるはずだ。
次に甲68の1号証から甲68の3号証で、軽傷者数・重傷者数・死者数を別々の表にした。
ここではっきりするのは、2000-2005年にかけて事故発生件数がピークを示した原因が軽傷事故の増加にあることだ。
さらに、甲68の3号証のグラフに事故統計に大きな影響を与える法令改正を加え、甲69号証とした。
- 交通安全対策特別交付金制度
- 1983年に導入された交通反則通告制度によって、集められた反則金が警察の予算に流れるようになった。 この制度によって、交通取締りの増加が警察予算の増加に繋がることとなった。
- 簡約特例書式による事故処理(甲70号証)
- 診断書上の加療機関が2週間以内なら、事故処理が簡便にできるようになった。書式はチェックを入れて署名させれば完成する程度である。
以上のとおり、多発しているのは「悲惨な事故」ではなく軽症事故である。そして、軽症事故が増加していた最大の要因は、交通事故を処理する事務の変化にあることが容易に予想できる。
なお、簡約特例書式は、加害側が「事故を起こした」、被害側は「事故にあった」となっており、事故の発生要因が加害側だけに存在するかのように様式が固定されている。このことは、ケガをしたら被害者、ケガをさせたら加害者、とする事務処理が行われていることを示している。
なお、わが国は出来高払いの医療制度をとっているため、整形外科で「痛い」と主張すれば怪我がなくても診断書は必ず手に入り、間をあけて2回いけば、自動的にその間が加療期間になる。一方、加害側が医者の診断書に対抗することは不可能である。
このように、簡約特例は、医師の診断書を悪用したタカリ行為を助長する危険性をはらんでいる。そして、甲71号証に示すとおり、日本の人身事故件数は異常な数字を示している。
甲71号証では、車両の走行キロで除すことによって、道路延長と車両台数を平準化している。その上で、日本の人身事故件数が他国に比較して2倍以上を示すのは、あまりに多くの軽症事故が日本の交通事故統計に計上されているからである。重篤な事故が多発しているからではない。それなのに、「死亡事故急増」「重大事故多発」といった、重篤事故の多発を強調した看板が、人々に交通事故の恐怖を植えつけている。
冒頭に申し上げたように、速度違反が多くの道路区間で常態化しているとしても、それを公言できないのは、恐怖に訴える警察広報によって、道路社会の現実をよく知らない非運転者らが、恐怖を取り除く手段として、警察に期待を寄せるからだ。そして、交通安全という大儀に対し、交通違反者の意見はまったく説得力を持たない。だから、誰も本当のことを言えないのである。
ところで、2009年(H21)10月29日、警察庁は、「より合理的な交通規制の推進について」と題する通達(警察庁丙規発第24号、丙交企発第144号、丙交指発第38号)を都道府県警察に通達した。そこには、次のように記してある。
交通規制は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、又は交通公害その他の道路の交通に起因する障害を防止するために行われるものであるが、実施後の道路交通環境の変化等により現場の交通実態に適合しなくなったものを放置することは、交通の安全の確保等の本来意図した目的が達成できなくなるだけでなく、交通規制全般に対する信頼や国民の遵法意識をも損なうことともなりかねない。
速度規制が交通実態から乖離している区間は、本件取締り区間だけではない。そして、警察庁が通達で「交通規制全般に対する信頼と国民の遵法意識を損なうことにもなりかねない」と示したとおり、速度規制と取締りの問題は、極めて多くの人にとって関心の高い問題であり、それが放置されたなら、大きな社会的損失が生じるおそれがある。
私は、警察庁のいう「交通規制全般」のみならず法律全般に対する信頼と国民の順法意識が既に危機的状態に達していると感じている。そして、私は、自分の損得のために訴訟を起こしたのではなく、個人が行政に直接対峙する機会が訴訟しかないので提訴した。
以上