交通安全運動が交通運動になってしまうのは、警察が「取締りをすれば事故が減る」というデータを作るためである。

取り締まり運動と化した全国交通安全運動に反対!

今年もまた、交通安全運動ならぬ交通運動が始まった。

一日警察署長

闇の警察署長

テレビ・新聞・ラジオはこの警察イベントを一斉に報じ、週刊誌では意味のない芸能人の1日警察署長が取り上げられる。交通安全という大儀名分があるから、NHK紅白歌合戦以上にマンネリ化したこのイベントを誰も批判することはない。

しかしながら、交通安全運動の起源は、警察威信を印象付けるためのイベントである。交通安全は取って付けた大儀に過ぎない。そして、交通安全運動を主導するのは警察官僚にほかならない。

交通安全運動は警察官僚が計画する。民意を演じるのは御用学者

警察庁交通安全運動は、主催者の筆頭に内閣府が置かれているが、その大綱を定めた交通安全基本計画は、警察庁案がベースとなる。なお、第9次交通安全基本計画の専門委員会の座長は太田勝俊氏である。太田勝俊氏は「規制速度決定の在り方に関する調査研究」と「交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する懇談会」の筆頭委員をも努めており、典型的な御用学者である。

取締りの効果をアピールするための交通安全運動

「取締りによって事故が減った」

シートベルト違反に取締り

シートベルト取締り

交通安全運動はもとより、警察庁の警察白書ほか様々なメディアでアピールされている。ここで2001年から2013年までの警察白書の抜粋を見て欲しい。十余年に渡り、警察白書は、シートベルトの着用率向上を事故減少の理由としている。そして、「着用率が向上したのは取締りの成果である」と示すために、交通安全運動の期間、シートベルトの取締りが盛んに実施されるのである。そうして最終的に、「取締りをしたから事故が減った」に結び付けられている。

そもそも悲惨な事故は多発していない

死亡事故多発

死亡事故多発の印象操作

「死亡事故多発」というフレーズを筆頭に、警察広報では、悲惨な事故が多発していることが強調されている。

交通安全スローガンのみならず、警察庁が発表する交通事故統計においても、悲惨な事故の多発が強調されている。しかしながら、警察庁が作成する交通事故統計には、明らかな印象操作がある。参照:死亡事故多発の印象操作

政府広報に踊らされる人たち

警察に利用される人たち

警察に利用される人たち

村八分を恐れ、みなと同じく行動することを好む日本人は、国を挙げた○×運動のスローガンに対しても極めて従順だ。チェンバレンという学者は、日本人の特徴として「付和雷同を常とする集団行動癖」を挙げている。彼のように、それまで純朴で平和主義的な日本人が、『一億総特攻』に突き進んだ大戦時に興味を抱く外国人は少なくない。そこに政策ひいては政府広報の影響があったことを疑う余地はない。

時代錯誤の警察理念

非国民といわれることを恐れ、多少の疑問は封殺された。国家をあげて、戦争への協力と相手国への敵愾(てきがい)心が扇られた。そうして国家に扇動されたナショナリズムは、歯止めを失っていった。

「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵」「滅私奉公」

こうしたスローガンによって、内務省が主導した全体主義にまんまと乗せられたのである。そして、現代の交通安全運動は、戦時中のプロパガンダとよく似ている。

警察広報の舞台に付き合わされるドライバーとライダー

刑罰主義の交通規制

交通ルールは守れない

行き過ぎた交通規制により、おおくの道路で交通違反は常態化している。それゆえ、交通安全運動ならぬ交通運動期間において、ドライバーとライダーは、いつもと違う運転を強いられる。それは取締りから身を守るためであって、交通安全などまったく関係がない。

弱肉強食の取り締まり

弱肉強食の取り締まり

交通事故の減少には特定の要因があるのにそれには触れず、警察は、交通安全が自分たちの手柄であるかのように広報している。取締りの実態が弱肉強食であることを知るドライバーとライダーは、交通安全をこれみよがしに訴える交通安全運動にあきれている。

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