2013年5月、国連拷問禁止委員会の舞台で日本の司法は「中世の司法」と指摘された。それに日本の大使が「シャーラップ」と応じたことから、日本の司法の後進性は決定的となった。なのに警察庁も法務省も、そして裁判所も根本的な改善をしようとはしていない。
中世の司法

悪魔の証明

福井で起きた「もらい事故」の被害者が、加害者に訴訟を起こされ、被害者が加害者に損害賠償すること認めた判決に批判が集まった。

「対向車側に過失がないともあるとも認められない」
原島麻由裁判官の判決理由は、無過失であることを証明できなければ、非を負わされる場合があることを示している。

この裁判は民事であるが、刑事裁判はもっとひどい。交通事故のような明らかな物証もないまま、殺人事件の犯人にされたとしても、「殺していない」ことを証明できなければ、有罪にされてしまう。

恵庭OL殺人事件それが顕著に示された事件が「恵庭OL殺人事件」だ。

24歳の女性が、強姦され、証拠隠滅のために身体を焼かれた集団強姦殺人なのに、警察の捜査で被疑者にされた女性(当時29歳)が、状況証拠だけで殺人犯に仕立て上げられた。

(↑)警察以外なら、このように事件である。

この事件は、2000年に発生し、犯人にされた女性は、第1審で懲役16年の有罪判決を受け、控訴(2005年)も上告(2006年)も再審請求(2012年)も棄却され、現在も服役中だ。

加藤学裁判官なお、2012年に再審請求を棄却したのは、僕の控訴審の右陪席(傍聴席から見ると左側)に座っていた加藤学裁判官である。

加藤学裁判官は、札幌地裁で、司法の権威を維持するために再審を棄却した後、東京高裁に栄転した。

裁判官が昇進査定を動機に「正義のない判決」を下す国に住んでいることが、僕は恥ずかしい。

司法はやっぱり死んでいる

高浜原発の差し止めを認めた裁判で「司法はやっぱり生きていた!!」という横断幕を広げて喜ぶ原告団の様子をテレビで見たひとも少なくないだろう。

知らない方のために書いておくと、判決を出した樋口英明裁判官は、再稼動差し止めの判決後、すぐに左遷された。

この国の司法は、やっぱり死んでいる。

暴走を続ける警察

司法が死んでいるのをいいことに、やりたい放題なのが警察である。
「(だれでもいいから逮捕して事件を解決したことにすればいい)」
「(俺が黒と言えば、お前を黒にできるんだぞ)」
「(やったと認めないと後悔するぞ)」

同様に、カツアゲまがいの交通取締りが脈々と受け継がれているのである。
「裁判はたいへんだぞ(だからサインしてカネ払え)」

司法制度の真実