弁護人:裁判長、被告人から質問させていただいてよろしいですか?

裁判長:はい、どうぞ。

被告人:(iphoneを取り出し)録音してよろしいですか?

裁判長:録音は許可いたしません。

被告人:なぜですか?

裁判長:裁判所として認めていない。

被告人:それには法的拘束力がありません。

裁判長:認めません。

被告人:裁判所が録音を禁止するのは、証人や被告人の保護を理由としているはず。証人のいない法廷で、被告人が自身のために録音を求めることを拒絶する理由はありません。それに、警察の捜査を録画する必要性が問われている時代に、公開された法廷で録音ができないのはおかしい。

裁判長:録音は認めません。

被告人:小暮書記官は録音していますよね。裁判所側で録音しているのに、被告側にそれを認めないのはフェアじゃない。

書記官:(無言)

被告人:裁判長が法廷警察権を行使すると言うなら、あきらめます。
それ以外なら、録音します。

裁判長:被告人の退廷を命じます。

被告人:その必要はありません。
(法廷警察官が出てきたので、iphoneをしまった)

こんなストーリーを描き、弁護人に切り出しの質問を依頼していた。しかしながら、大島裁判長は、被告人の質問を認めなかった。

≪ここは現実のやり取り≫

弁護人:裁判長、被告人から質問させていただいてよろしいですか?

裁判長:許可しません。

被告人:弁論はしません。被告人は質問もできないんですか?

裁判長:そうです。

なお、書記官が録音していることは、横浜地方裁判所第5刑事部の菊池書記官に確認していた。そんなことを菊地書記官に確認したのは、私が、菊池書記官が作成した証人尋問調書にクレームをつけたからだ。

第1審、横浜地裁の法廷における被告人質問は、裁判官の質問に対し、被告人が答える、という形式で行なわれた。その手法は、警察の誘導尋問と対して変わらない。一方、菊池書記官が録取した文書は、被告人が自発的に発言したかのような体裁になっていた。

「私はそんな発言はしていない」

こう問い詰める過程で、菊池書記官は録音していることを認めた。

書記官を問い詰めるまでもなく、いまの時代に、聞き間違いが許されない場所で録音をしない方がおかしい。法廷の聖域化をはかるために禁止されたものが、いまだに生き残っているに過ぎない。

録音を禁止する注意書きが貼ってあるものの、裁判所にそれを厳格に運用する気はない。書記官はおろか、検察官と弁護士、それから職業傍聴人のなかにも録音している者がいるはずだ。つまり、紳士的に、あるいは盲目的に、裁判所の指示に従うものだけが、聞き逃しをしないために、その場で一生懸命にメモを取らされるのである。

ルールの形骸化は交通規制も同じだ。そのほか、法律違反や、各種のルール違反が常態化しているにもかかわらず、この国では、規制緩和はほとんど行なわれない。

村八分を恐れ、みなと同じく行動することを好む日本人は、国家が定めたルールにも従順だ。そんな国民性に乗じて、実効性が伴わない規制が存続し続けているのである。そして、実効性のないルールには、その目的に見合った効果はない。

国家(実質は官僚機構とその構成員)が国民に守らせたいのは、自分たちの聖域なのだろう。聖域視され続けるることによって、国家の権威と構成員たちの利益が保たれるからだ。